ファイナンス(FIN702)3クレジット

オプション理論

Rushmore University

Global Distance Learning DBA

大國

オプション理論は、現代の金融工学における金字塔であろう。オプションは各種の金融商品、とくにいわゆる仕組み債には、数多く組み込まれている。しかしながら、オプション理論については、金融業界に身をおいている人間でも理解しているものは多くはないというのが実情であろう。まして、オプション理論を応用した金融商品を購入する側の消費者がそのリスクとリターンを理解して購入しているとは言いがたいであろう。

本稿の目的は、消費者にオプション並びにオプション組み込み商品を販売するに際して、数学的記述をなるべく避け(興味深いいくつかの問題については、補論として本稿末にまとめた)、具体的かつビジュアルなオプション理論の解説方法を示すことにある。

目次

1.はじめに

2.説明義務

3.オプション理論 簡単な説明の例

3.1オプションとは

3.1.1ペイオフ・ダイアグラム
3.1.2プットとコール
3.1.3オプションの買いと売り
3.1.4オプションの価格

3.2 Greeks

3.2.1デルタ
3.2.2ベガ
3.2.3セタ

3.3シミュレーション

3.4ヘッジ

3.5望ましいシミュレーション表の例

4.結論

 

補論1 正規分布

補論2 ボラティリティー

 

 

1.はじめに

金融商品の販売等に関する法律(以下、金融商品販売法と略す。平成13年4月1日施行)の成立などにより、金融機関には、商品説明義務が生じた。判例においては、民法に基づく誠実義務により、金融機関には説明義務があると言う判断が踏襲されてきたが、法律に明文化されたのは、消費者保護の立場からも、大変意義深いことであった。しかし、現代の金融工学は素人の理解をはるかに超えて複雑化している。オプション価格式の代表選手であるブラック・ショールズの公式にしても、微分方程式や対数正規分布といった、数学の専門家以外は聞いたことがないような専門用語が頻出する。いくら、説明義務があるからといって、顧客に対してオプション理論を説明することは至難の業であるだろうし、その説明が理解できなければ、商品販売ができないとしたら、金融機関は事実上商品販売ができなくなってしまうだろう。それでは、どの程度の説明義務が要求されていると考えればよいのだろうか。

2.説明義務

金融機関に、どの程度の説明義務があるかに関しては、金融商品販売法制定の議論の過程においてしめされている。「中間整理(第一次)」において、「取引きルールとして説明義務を考える場合には、「説明すればリスクは移転する」、「説明しなければ移転しない」を基本として」(金融審議会金融審議会「中間整理(第一次)」p15)と考えられるとしている。また、その程度については、「利用者が金融商品の内容すべてについて知ることを想定するのは非現実的である」(同p15)と判断している。金融商品販売法と同時に施行され、同じく消費者保護を目的としている消費者契約法においても、第4条第4項で、重要事項とは消費者契約の目的となるものの質、用途などの内容、もしくは対価などの取引条件に係るもので、「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきものをいう」といささか漠然とではあるが規定している。「通常」の判断基準としては、一般平均的な消費者を基準として判断を行うとしている( 経済企画庁「消費者契約法の解説」p19)ことが指針となるであろう。従って、オプション理論などについても、理論的な側面にまで理解を求める必要性はないと思われる。

過去のデリバティブが絡んだ金融商品の販売に関する訴訟の判決において、次のように示されている(当該訴訟にかかわる金融商品は、予約付きのインパクトローンと、通貨スワップを組み合わせることにより貸し出し金利の低下を狙った商品である)。この訴訟にかかわるスワップ取引付きインパクトローンは一般にはなじみの薄い金融商品であり、信義則上、被告は原告に本件商品の危険性について適切な説明をする義務を負っていると認定した。しかし、その説明の範囲、程度については、顧客が必ずしもその仕組みを完全に理解するまでの必要はなく、「必要不可欠なのは本件商品を導入して契約を締結した場合に具体的に実質金利がどのようになり、どのような危険性があるのかということであるから、被告は、原告に対し、本件商品が為替相場の変動により顧客の負担する実質金利が左右されるものであり、円高が進めば実質金利が上昇するという危険性もあること、豪ドルと円の交換レートがいくらになれば顧客の負担する実質金利がいくらになるのかということ、先物予約をすることによりその時点以降の為替リスクを回避する方法があることについて説明することを要し、それで足りるというべきである」(仙台地裁 平成7・11・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1444p71)としている。

従って、一般的な消費者を想定して、為替など、当該金融商品に組み込まれているオプション(その他デリバティブ)の価格を変動させる要因がどの程度変化したら、あるいはいくらになったら顧客の利害がどのようになるかということを具体的に示すことが必要になるだろう。

もちろん、いくら判例で示されているといっても、必要最小限要求される程度の説明さえ果たせば、金融機関の義務が果たされるものではないと思われる。金融機関としては、当該オプション(ないしデリバティブ)の理論についても、簡潔かつ分かりやすい説明を行い、顧客の理解を求める必要があるだろう。

3.オプション理論 簡単な説明の例

以下、オプションについて、数学的な理論を排除して、なるべく簡潔な説明を試みた。

3.1オプションとは

オプションとは、ある資産を一定の価格で購入(コール・オプション)または売却(プット・オプション)できる権利のことをいう。

オプションの売買とは、原資産(underlying asset. 株式、外国為替など、オプションの対象となる資産)を売買することではない。この、権利の売買と実際に権利行使をしたときに原資産を売買することの区別がオプションを分かりにくくする第一の原因のようである。ここでは、株式のオプションを例にとって、考えてみる。

現在の株価を100万円とする(単位株1株)。株式のコール・オプションを購入することは、ある株式を、一定の時期(例えば1年後)に一定の価格(行使価格。例えば120万円)で購入できる権利を購入することである(オプション価格は30万円とする)。このオプションを1株分購入したとする。1年後に、株価が行使価格を越えている(例えば150万円)場合、オプションの権利行使をして120万円で株式を購入、その場で売却して30万円の売却益を実現させることもできるし、もちろん株式を所有しつづけることも可能である。また、権利行使日の株式価格が行使価格以下の場合(例えば80万円)には、オプションの権利行使をする必要はない。もし、その時点でこの株式を購入したい場合には、市場から80万円で購入すればよく、オプションを権利行使する必要はないからである。この、権利行使をしなくてもよいという点が、オプション最大の特徴である。

なお、以下の説明において、特に断らない場合には、上記オプションを例に取るものとする。

3.1.1ペイオフ・ダイアグラム

オプションを理解する上で、最も効果的かつ簡便な方法が、グラフを活用した方法である。このペイオフ・ダイアグラムを理解できれば、ペイオフ・ダイアグラムの組み合わせによって、まず大概のオプション、あるいはオプションを組み込んだ商品は理解できるはずである。

ペイオフ・ダイアグラムとは、オプションの収益と株価の関係を示したグラフである。図1のX軸は株価を、Y軸はペイオフ(単純にいえば収益)を示す。図1において、権利行使期日のペイオフがX軸より上にくれば、このオプションを購入して最終的に利益が出たことを示す。このようなグラフを描くことにより、権利行使価格と購入時点の株価の関係、オプション・プレミアムと損益分岐点の関係など、数多くのことが分かる。

1

OTMはOut of the Money、ATMはAt The Money、ITMはIn The Moneyの略。あるスポット価格におけるオプションの価値は本源的価値と時間的価値の和として表される。本源的価値(Intrinsic Value) とは、スポット価格が権利行使価格を上回っている場合のその差。下回っている場合はゼロになる。時間的価値(Time Value)とは、オプションの持っている、優れた特性を買うために上乗せされるオプション特有の“プレミアム”。オプション・プレミアムとはオプション価格のことである。

3.1.2プットとコール

2はコール・オプションとプット・オプションのペイオフ・ダイアグラムである。ちょうど左右が逆転していることがお分かりいただけるであろう。

コール・オプションでは株価が高ければ高いほど高い収益を上げられることを示している。逆に、プット・オプションにおいては、権利行使期日に株価が安ければ安いほど高収益を上げられることが読み取れる。また、いずれの場合においても、最大の損失はプレミアムに限定されていることもお分かりいただけるであろう。収益機会が無限大であるのに、損失が限定されている。これが、オプションの特徴である。

2

3.1.3オプションの買いと売り

2の説明においては、何ら説明を加えることなく、オプションのペイオフ・ダイアグラムであると説明したが、正確には、コール・オプションをロング(買い持ち)と、プット・オプションをロングにした場合のペイオフ・ダイアグラムである。オプションを全くの素人に説明をする際に、いちばん分かってもらいにくいことがオプションの売りと買いの区別である。コール・オプションとは、買う権利である。買う権利を売るとは、どういうことか、買う権利を売ることは、売る権利を買うことと同じか、といった疑問が、必ず出てきた。また、オプションのペイオフ・ダイアグラムは上記のように、途中で折れ曲がっている。したがって、損益のプロフィールが対象になっていない。これもオプションを理解しづらくしている原因であろう。

オプションのショート・ポジション(売り持ち)を、ペイオフ・ダイアグラムを使って図示すると、下記のようになる。

3 コール・オプション ロングとショート

4 プット・オプション ロングとショート

ショート・ポジションにおいては、ロングの場合と異なり、無限大の損失をこうむる可能性がある一方で、期待しうる最大の収益はプレミアムの額に限られることが分かる。オプションを売却すれば、最終的な損益は最終権利行使期日を待たなくては確定しないが、約定すれば、ある一定額のプレミアムを受け取ることができる。実は、仕組み債においては、オプションのショート・ポジションにおける受け取りプレミアムが甘味料(英語ではsweetenerと呼ばれる)として、債権の表面利率を引き上げるために使われることが多い。また、オプションのプレミアムは決済に先立って、約定と同時(正確にはスポット期日)に支払われることが多いので、手っ取り早くキャッシュが必要な場合に悪用されることもある。実際には、リスクを引き受ける代わりに受け取るプレミアムを他の目的に流用しているのである。このことは、個別商品の検討をする項で再度触れる。

3.1.4オプションの価格

オプションの教科書をひもとくと、なにやら難しげな定理と公理が並び、ブラック・ショールズの公式が示される。そして、その式の中で変数として用いられるのは、原資産の価格(スポット・レート)、利子率、オプション期日、権利行使価格(ストライク・プライス)、ボラティリティーで決定される。原資産の価格、利子率はマーケットから容易に与えられる。オプション期日と権利行使価格はオプション取引をする場合には自明である。残るは、ボラティリティーであるが、これも、マーケットから与えられる場合が多い。

以上から、オプション価格は、所与の条件を与えると、大変理論的に決定されると思われている。また、ボラティリティーにしても、マーケットにおけるスポット価格の動きから理論的に与えられると勘違いしている向きが多い(ボラティリティーについては、補論2参照)。

実は、オプションの価格も、市場が決めているのであり、株価や為替レートと何ら変わりはない。株価や為替レートには理論値がないのと同じく、オプション価格にも理論値は存在しない。マーケットで決定されるのである。オプション価格が理論的に決定されるように見えるのは、ブラック・ショールズ・モデルなどを使っているからであろう。なにやら難しげに見えるが、これは単なる計算に過ぎない。USD/JPYのレートとEUR/USDのレートが与えられたときに、EUR/JPYのレートが決定される(USD/JPYのレートにEUR/USDのレートを掛け合わせればよい)のと変わりはない。

前述、オプションのロング・ポジションとショート・ポジションを思い起こしていただきたい。ロング・ポジションにおいては、損失が限定される一方で無限大の収益チャンスがある。逆にショート・ポジションでは収益機会がプレミアム額に限定される一方で無限大の損失をこうむる可能性がある。もしこのオプションの価格が安ければ、オプションの買い手ばかりで、売り手がいなくなってしまう。そこで、オプションのプレミアムは高くなる。どのくらい高くなるかというと、オプションの売り手と買い手の数が一致するまで高くなるのである。単純な需要と供給の問題である。

3.2 Greeks

Greeksとは、ギリシャ語のことである。オプションの議論においては、デルタ(Δ)、ガンマ(Γ)などのギリシャ文字がよく登場する。また、デルタ・ヘッジと言った単語も耳にされたことがあるであろう。数学的に表現すると、デルタはオプション価格をスポット価格で編微分した係数( )、ガンマはデルタをスポット価格で編微分した係数( )である。

このようなこけおどしの説明を顧客に対する重要事項の説明においてするわけに行かないことは当然であろう。しかし、オプションのGreeksはオプションを理解する上で重要な役割を果たしている。どのような説明が可能であろうか。

3.2.1デルタ

デルタとは、オプションの価格が、スポット価格が変動することにより、どのように変化するかを表したものである。図で示すと、ある地点における接線の傾きとして表される。

5は図1における権利行使日前の価値を部分拡大したものである。A地点における傾きは、 で与えられる。これをデルタというが、A地点におけるデルタが0.5であるとする。つまり、このオプションの価格は、スポット価格が変動する半分の割合で増加する(スポットが100円増加すれば、オプション価格は50円増加する)ことになる。

デルタは、ヘッジ率ともいう。ヘッジする割合のことである。今、スポット価格とオプションの価値の組み合わせがA地点(X1、Y1)にあったとする。A地点におけるデルタは0.5であった。この時点では、スポット価格が上昇するか下降するかは不明である。そこで、このデルタの割合でヘッジをかける。この場合のポジションは、コール・オプションを買い持ちにしているので、現物を0.5単位売ることでヘッジをかける。これで、スポット価格が下落しても、デルタ・ポジションの売り持ちからの利益で相殺できる。逆に、スポット価格が上昇した場合には、デルタ・ポジションから、損失が出るが、オプション価格の上昇で吸収できる。

5の例では、X1(100万円)からX2(110万円)へスポット価格が上昇、オプション価格はY1(30万円)からY3(38万円)まで上昇した。一方、デルタ・ポジションは、0.5単位売りもちにしているので、10万円のスポット上昇に対して5万円の損失が出る。オプション価格からは8万円の利益、デルタ・ポジションから5万円の損失であるから、差し引き3万円の利益が出る。これが図5ではCDで表される誤差である。もし、X1とX2の距離が充分に小さければ、誤差も小さくなることは図からも読み取れるであろう。なぜ誤差が生まれるか、どの程度の誤差が生まれるかを表したものがガンマ(デルタをさらにスポットで編微分した係数)である。ガンマについては、本稿では触れない。

デルタのもうひとつ重要な特性は、デルタとはそのオプションが権利行使日にイン・ザ・マネーになるかどうかの確率を表していることである(正確には、フォワード・デルタ。通常デルタとは、現物でヘッジする場合のヘッジ比率を表す。フォワード・デルタとは、支払期日をオプションと同じくする先物でヘッジした場合のヘッジ比率。若干異なる)。上記設定例では、デルタが50%(0.5)であった。つまり、このオプションが権利行使日に権利行使価格を上回る確率は、50%だということである。また、デルタが50%ということは、その時点におけるスポット価格が、ちょうど正規分布における平均、ちょうど真中に位置していることになる。金利を0%とすれば、このオプションの権利行使価格も100万円であることが分かる。

デルタは、アウト・オブ・ザ・マネーの状態(権利行使価格がスポット価格を上回る)では低く、イン・ザ・マネーの状態(権利行使価格がスポット価格を下回る)では高くなる。

上記デルタの特性は、いわゆるプレイン・バニラと呼ばれる通常のオプションについて述べたものであり、ある価格に到達すると消滅してしまうトリガー・オプションやスポットがあるレンジの範囲内にいれば一定額の支払いを受けられる宝くじのようなベット・オプションなど、特殊なオプションでは該当しない場合がある。これは、以下紹介する各係数についても同じである。

5 デルタ

3.2.2ベガ

ベガとは、オプション価格のボラティリティーに対する感応度(オプション価格をボラティリティーで編微分した係数)である。ここで重要なのは、ボラティリティーが上昇するとオプションの価値も上昇し、ボラティリティーが下落すると、オプションの価値も下落するということである。通常、相場が一方向に大きく変動するとボラティリティーも上昇する。しかし、何らかの原因(例えば、直近発表されるある経済指標が今後の経済状況を占う上で、大変重要であったとする。その指標次第で、相場の方向性が決まるが、現時点では不明である場合)によってボラティリティーだけが上昇すると、オプションの現在価値を表している曲線が上方にシフトすることもありうる。スポット価格の変動を伴わなくても、オプション価格が変動する場合もあるのである。

6 ベガ

3.2.3セタ

セタとは、オプションの価値を時間で編微分した係数である。つまり、時間とともにオプションの価値がどう変化するかを示している。オプションの価値は、時間の関数であり、スポット価格が同一の場合でも、時間の経過とともに減っていく(時間的価値が減っていく)。このことを、タイム・ディケイという。図7に見るように、オプションの現在価値を表す曲線が、権利行使期日のペイオフを表す直線に近付いていく。コール・オプションの場合、権利行使期日にスポット価格が権利行使価格を下回った場合、オプションの価値はゼロになる(時間的価値ゼロ、本源的価値ゼロ)。

従って、オプションを買い持ちにすると、スポットの変化などが全くなくても、評価損が発生する。逆に、オプションを売り持ちにしていると、何もないと評価益が発生することになる。

7 セタ

さらに、オプション価格と、時間の関係は、図8に示されるように、いわゆる2次曲線を描く。オプションの残存期間が長い場合には、タイム・ディケイは少ないが、残存期間が短くなると、オプションの価値は急激に減少する。

8 オプション価値と時間の関係

この関係をうまく利用しているのが、各種仕組み債と呼ばれる商品である。ここでは、「何々株転換条項付きユーロ円債」と呼ばれている商品について説明する。この商品は、通常の円建て債権と株式のプット・オプションの売りを組み合わせたものである。オプション期日に、株式価格が権利行使価格を上回っていれば、通常の債権と同じく円キャッシュで返済を受け取れる。スポット価格が権利行使価格を下回った場合には、キャッシュに替えて株式現物で返済を受け取る。債券部分に適用される金利は、オプションを売ることによって受け取れるプレミアムを上乗せすることによって高金利を実現している。この種の商品は、通常3ヶ月から6ヶ月程度程度に設定されることが多い。

オプション・プレミアムは前記のように期間の平方根に比例する。従って、3ヶ月物のオプションのプレミアムは1年物の約半分になる。ところが、これを金利に上乗せして、年換算すると、期間の短いものほど金利上昇効果が大きいことが分かる(表1)。つまり、アイ・キャッチーなのである。もちろん、株式については、長期的な値動きが予想しづらいので短期の商品が好まれるといった事情もあるにせよ、商品設計の中に、このようなからくりが仕掛けられていることも忘れてはいけない。

1

 

3ヶ月物

6ヶ月物

1年物

円金利

1%

1%

1%

オプション・プレミアム
額面対比

1%

1.4%

2%

年換算利回り

5%

3.8%

3%

3.3シミュレーション

上記のような、オプション理論を展開することも、必要であろうが、いわゆるシミュレーションを示すことは、オプションのみならず、いわゆるデリバティブ商品を説明する場合に、大変分かりやすい方法であろう。

しかし、あまりにも収益性を強調したものや(表2)、逆に顧客の購買意欲を失わせるだけのものは、適当とはいえないであろう。いずれの表も、うそは書かれていない。しかし、重要事項の説明としては、妥当であるとは思われない。

もし、シミュレーション表を記載するのであれば、その時点でのスポット・レートを中心として、上下バランスを取るべきであろう。また、説明能力があれば、上記デルタを使った理論的な実現可能性などを提供することも、顧客にとって有用であろう。このような説明をするに際し、一般的には相場予想などを提供する場合が多いようであるが、中立的な説明の方法としては、実現可能性を理論値で紹介する方法も、主観が入らないという意味では適当であろう。ただし、デルタ=実現可能性になるのは、プレイン・バニラだけであり、その他のいわゆるエキゾチック・オプションには一般的に適用できないので、注意が必要である。また、デルタそのものも、時間の経過とともに変化するので、注意が必要である。

2 ロング・コール・オプションのシミュレーション表

スポット価格

120万円以下

150万円

180万円

210万円

240万円

270万円

300万円

総合収益

30万円

0

30万円

60万円

90万円

120万円

150万円

3 ショート・コール・オプションのシミュレーション表(上記オプションを売り持ちにする)

スポット価格

120万円以下

150万円

180万円

210万円

240万円

270万円

以上、無限に損失が広がる可能性があります。

総合収益

30万円

0

30万円

60万円

90万円

120万円

また、いわゆるノック・アウト・オプションなど、オプション期間中にスポット価格がある条件に抵触するとオプションそのものが消滅してしまうもの、ノック・イン・オプションなど、オプション期間中にスポット価格がある条件に抵触するとオプションが組成されるもの(総称してパス・ディペンデント・オプション、Path Dependent Optionとも言う)などについては、上記のような最終期日におけるシミュレーション表は一般的には書けない。いわゆるシナリオ分析といわれる、途中経過ごとに場合分けしたシミュレーションをする以外にない。その場合でも、シミュレーションは有効な説明手段となるであろう。

3.4ヘッジ

冒頭にあげた判決でも、為替先物予約を使うことによって、利率を確定できることに触れている。オプションの場合には厳密にいうと、反対売買を行わない限り、収益を確定することはできない(先の判決は通貨スワップに関して述べている)。

スポット価格とデルタ(ヘッジ率)との関係は、図9に示すような、0%から100%にかけて飽和曲線を描く。

9 ヘッジ比率 コール・オプションの場合

実際のオプションを例にとって説明すると、下記のようになる(デルタ値は正確ではない)。コール・オプションを買い持ちにしているとき、スポット価格が120万円でヘッジをかけていなかったとする。このとき、権利行使価格とスポット価格が同じであるので、デルタは50%である。このとき、100%の金額で売りヘッジ(現物を売るか、より一般的には先物で売りポジションを作る)をかけてしまうと、スポット価格が上昇した場合、機会収益を逃すことになる。逆に、スポットが下落した場合、デルタより高い比率でヘッジしているので、オプション価値の下落より多く収益を手にすることができる。リスク・ヘッジの意味で、ここでは中立的な50%の比率でヘッジをかけたとしよう。さらにスポットが150万円まで上昇した場合にはどうするか。もちろんこの時点で残りの50%についてヘッジをかけてしまうことも可能である。その場合でも、すでに支払ったオプション・プレミアムが30万円であるので、ヘッジしていない50%で30万円の利益があったとしても、全体では損をしていることになる。ここでは、理論値に従って、10%ヘッジを上乗せして、60%のヘッジ比率にしたとする。さらに、スポット価格が180万円まで上昇したときには、8%ヘッジを増加させる。今度は、スポット価格が150万円まで下落すると、8%分を買い戻す。同様に、スポット価格が動きつづける限り、同様の操作を繰り返す。オプションを買い持ちにしている場合には、高くなれば売り、安くなると買い戻すので、デルタの売買で収益をあげることができる。

4 ロング・コール・オプションのデルタ

スポット価格

60万円

90万円

120万円

150万円

180万円

210万円

240万円

デルタ

32%

40%

50%

60%

68%

75%

80%

逆に、オプションを売りもちにしていた場合はどうなるであろうか。表5にショート・コール・オプションのデルタを記載した。数値の絶対値は同じだが、符号が異なる。この場合も120万円からスタートすると、50%分をヘッジとして買わなくてはいけない。スポット価格が150万円に上昇すると、10%分、買い増さなくてはいけない。さらにスポット価格が180万円に上昇すると、さらに8%分買い増す。逆にスポット価格が下落すると、売らなくてはいけない。オプションを売り持ちにしていると、スポット価格が上がると買い、下がると売るという、いわゆる損切りパターンの売買を繰り返すことになる。従って、デルタの売買で損失を計上することになる。

5 ショート・コール・オプションのデルタ

スポット価格

60万円

90万円

120万円

150万円

180万円

210万円

240万円

デルタ

-32%

-40%

-50%

-60%

-68%

-75%

-80%

オプションを買い持ちにしていればデルタ操作により収益が出る一方、売り持ちにした場合には損失が出る。これでは、誰もオプションを売らなくなってしまいそうである。実は、そのためにオプションを売り持ちにするとオプション・プレミアムを受け取れるのである。逆に、オプションを買い持ちにした場合、先にオプション・プレミアムを支払ってしまうので、デルタ操作で稼いだとしても、まずプレミアム分を取り返さないことには、全体としては、収益が出ないのである。

理論的には、オプションを購入、もしくは売却した後、相場の変動に応じてデルタ・ヘッジを理論値どおりにかけ続けると、期待収益はともにゼロになる。もうけも出ないし、損もしない。「金融工学は金持ちになる方法を与えてはいないのである」(野口 悠紀雄『金融工学、こんなに面白い』p12)。逆にいえば、どちらかのポジションが一方的に有利になるような状況では、すぐさま裁定が働いて、均衡状態に引き戻されるのである。

また、ヘッジ手段として、上記設定例では、気軽に現物もしくは先物でショート・ポジションを作ると記述したが、株式の場合には、現物を売り持ちにするといっても、空売りをすることは個人では難しいであろうし、個別株の先物も、必ずしも取引相場があるとは限らない。また、デルタに見合った取引をこまめに行うには、もともとのポジションがよほど巨額でない限り、不可能であろう。上記設定例ではオプションを1株分購入したことになっている。0.5株をヘッジで売ることは実際にはできない。外国為替の場合には、株式より売り買いともに自由になると思われるが、それでも最小取引単位、手数料(売り買いをするたびに高い手数料を取られていると、手数料に負けてしまう)など、さまざまな問題が指摘できる。

手段として、顧客にヘッジ方法を教えることは有効であろうが、実現手段も含めたアドバイスが望まれる。それだけでなく、オプションの場合、冒頭にも記したとおり、反対売買を行わない限り最終的損益は確定しない。つまり、一度ヘッジしても、その後の調整が必要になる。オプションは売りっぱなしにできる商品ではなく、事後的なケアが必要な商品なのである。

3.5望ましいシミュレーション表の例

以上を踏まえて、望ましいシミュレーション表(提案書)を作るとしたら、おおよそ下記のようなものになるであろう。ここでは、銀行が輸出企業に外貨建債権のヘッジのためプット・オプションの購入を提案している。

『                                           平成12年12月1日

**株式会社御中

                               **銀行**支店

                  オプションのご提案

 

御社の所有する輸出債権のヘッジを目的とした下記オプションのご購入をご提案申し上げます。オプションをご購入いただくことにより、為替相場が御社にとって好ましくない方向へ変化した場合のヘッジとなる一方、為替相場が御社にとって好ましい方向へ変化した場合には為替差益をご享受いただくことが可能となります。

オプションのご購入にはプレミアム料を事前にお支払いいただくなど、いくつかの条件が必要となります。オプションの持つ、優れた特性をご理解の上ご契約いただくことをお願い申し上げます。

                      記

御社にご購入いただく米ドルプット円コール・オプションの明細

タイプ      ユーロピアン

金額       100万米ドル

権利行使期日   平成13年3月1日

受け渡し日    平成13年3月5日

権利行使価格   104.00円

オプション価格  0.50円/1米ドル

プレミアム料   50万円

上記計算のもととなる為替相場
      110.00円(平成12年11月30日現在)(1)

上記オプションをご購入いただくことにより、権利行使期日における為替相場が104円を超える円高に振れた場合には、オプションを行使することにより、御社所有の輸出債権を104円で売却することが可能となります。

逆に権利行使期日における為替相場が104円を超える円安であった場合には、御社にとってより有利なその時点での為替相場で輸出債権を売却していただくことが可能となります。

権利行使期日における為替相場と実効レート(2)

為替相場

98円

101円

104円

107円

110円

113円

116円

適用為替レート

104円

104円

104円

107円

110円

113円

116円

プレミアム料

0.50円

0.50円

0.50円

0.50円

0.50円

0.50円

0.50円

実効為替レート

103.50円

103.50円

103.50円

106.50円

109.50円

112.50円

115.50円

上記設例は、あくまでも当行側でご用意した一例に過ぎません。権利行使期日、権利行使価格などを御社のご要望に応じて変化させることが可能でございますので、何なりと当行担当者までお申し付けください。

追加ヘッジ3)

今後の為替相場が大きく円安方向に変動した場合など、その時点での為替相場において収益を確定させてしまいたい場合も想定されます。その場合、

1.      その時点でオプションをご売却いただき、先物為替予約によって輸出債権全額に対する実効為替レートを確定させてしまう

2.      部分的な金額で為替ポジションを取ることによって、更に為替差益生み出す可能性を保持しつつ、ヘッジをかける

などの方法が可能になります。ヘッジをした場合には、上記権利行使日における為替相場と実効レートの表における実効レートなども変化いたしますので、シミュレーション表の再作成を行います。事前に各種のシナリオを想定してシミュレーションを行うことも可能ですので、担当者までお申し付けください。

l        オプション取引一般については当行発行の『オプション取引の基本』をご参照ください。4)

l        オプションご購入後、追加ヘッジ等により御社の為替ポジションに変化が生ずる場合があります。その場合には上記シミュレーション表は適用できなくなりますので、ご注意ください。シミュレーション表の再作成、条件の追加など、各種ご要望に応じますので、担当者までお問い合わせください。5)

l        オプションの価格は購入後、時間の経過、スポット価格・金利・ボラティリティーの変化などにより、上下いたします。購入時の価格で売却できない場合もあります。6)

l        上記オプション価格等は当行が責任を持って収集した情報に基づいて計算されておりますが、相場の変動等により変動する場合があります。従って、上記設定例における条件でのお取引を約束するものではありません。』

注1          オプション価格は機関、権利行使価格など一連の変数が与えられると決定される。ただ、ボラティリティー水準などまで開示するかどうかは顧客の特性によるものと思われる。

注2          場合によっては、グラフなどを付け加えるとよいと思われる。ただし、経験のない一般顧客に対しては、グラフはビジュアルではあるものの、必ずしもオプションの正確な理解を促すことにはならないので、注意が必要である。

注3          ヘッジについては、各種方法がある。ヘッジのスキームを作成するには専門的な知識が必要。

注4          オプションを説明したパンフレット等があれば、別途交付した方が好ましい。何もかも一枚の説明資料に盛り込むのは、不可能であるし、顧客にとっても消化不良を引き起こすだけである。

注5          各種シナリオに基づいたシミュレーションを用意して顧客に説明することも顧客の理解を高める上で有効だと思われる。

注6          金融商品販売方では、元本割れの危険性がある場合にはその基準となる指標を開示することが求められている。

その他、実務的なアドバイスとしては、説明資料を2部用意し、さらに記名捺印欄を設けて説明後に顧客に記名捺印を求めるといった配慮も必要になるであろう。

4.結論

オプションに限らず金融商品を販売するに際しては、冒頭にも記したとおり、平成13年4月1日から、重要事項を説明することが法的にも求められるようになる。オプションなどのデリバティブ商品を説明するに際して、適切に描かれたグラフや表などの補助資料は顧客が金融商品の性質を理解する上で大変有効な手段となりうるであろう。もちろん顧客がオプションについて完全に理解することは求められてはいないが、売り手側としては、顧客にできるだけの説明を提供することが必要とされる。また、売り手には顧客に要求される以上の知識をもつことが要求されるのは、当然であろう。

ただし、前述のシミュレーション表はオプション満期のペイオフ(損益)を基準として描かれる場合がほとんどである。しかし、オプション商品の場合には、満期以前におけるヘッジをかけることにより、その最終的なペイオフを変化させられることは、前述のとおりである。また、ヘッジをかけた場合でも、その後の市場の変化によってデルタなどの指標も変化する。従って、事前にシミュレーション資料を用意したとしても、時間の経過とともに変化し得るのであるから(オプション満期におけるペイオフは、ノック・アウト・オプションのように消滅してしまうオプションを除く、いわゆるプレイン・バニラ・オプションなど一般的なオプションにおいては変化しない)、事後的な情報を顧客に提供し続けるシステムが必要となろう。

また、商品購入後の金融機関側のアフターケアについては、金融商品販売法に消費者契約法においても義務付けられてはいない。また、前述判例の控訴審判決においても、「アフターケア義務について 控訴人が主張するような措置を商人である銀行が講ずることは、顧客サービスとしては望ましいとはいえるとしても、前記のとおり、控訴人は、危険回避の方法についてあらかじめ説明しているのであるから、控訴人からの相談や働きかけ等が全くなくても、被控訴人側からこれを講ずべき法的義務があるとまで言うことは困難である」(仙台高裁平成9・2・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1481p61)とされており、現状では金融機関に対してアフターケアが法的に義務付けられているということはできないであろう(ただし、当該判決はスワップ契約に対する判決)。しかし、他判決でも、顧客からの相談があったにもかかわらず適切な措置(説明など)を講じなかった場合には、金融機関側に不利な判決が下されている。また、判決でも触れているとおり、顧客サービスとして望ましいことは言うまでもない。

今後の金融機関のサービスのあり方として、コンサル型の営業が重視されている。個別の金融商品にアフターケアが必要であることはもちろん、さらに進んだ顧客ポートフォリオの管理も要求されるであろう。ポートフォリオ管理をするのであれば、ヘッジはもちろん、より高度なポートフォリオのリバランスなどが定期的に求められることになるのである。コンサル型の営業を志向するのであれば、アフターケアは不可欠であろう。

金融商品は今後もより複雑さの度合いを増していくことは必然である。金融機関には、オプション及びオプションを組み込んだ商品、あるいは一般的にデリバティブと呼ばれる商品について、商品性を商品販売に絡めて説明することはもちろん、一般的な広報活動・教育活動を通じて、消費者を啓蒙していくことも要求されるだろう。

 

 

補論1

正規分布

正規分布は、しばしば酔っ払いの千鳥足(ランダム・ウォーク)にたとえられる。

酔っ払いが街灯の周りをふらふらしているとする。完全に酔っ払っており、方向性はない。このとき、ある一定時間後にこの酔っ払いが街灯からどれだけ離れた地点に到達するかを例えば1,000人酔っ払いについて観察する。ランダム・ウォークとは、この1,000人の酔っ払いが街灯からどの地点に到達するかを理論化したものである。

また、よく賭け事の例も取り上げられる。単純な例として、コイン・トスがある。2人の人間がコインを投げ、表であれば、一方が掛け金を取り、裏であれば払うとする。これを何回も繰り返して、清算する。引き分け、もしくはかなりの僅差になることが予想されるが、一方が連続して負け続ける可能性もゼロではない。このような分布のことを数学的には、二項分布と呼ぶ。二項分布は、試行(ここでは賭け事の回数)が多ければ多いほど正規分布に近付いていく。このことを発見したド・モアブル(Abraham de Moivre)については、Bernstein, Peter L. (1996), AGAINST THE GOD, John Wiley & Sons, Inc. (青山 護訳(1998)『リスク 神々への反逆』日本経済新聞社 )pp172-178を参照されたい。

そのほか、正規分布が適用されるといわれる例としては、ブラウン運動といわれる分子運動、ある一定年齢、同性同一人種の身長や体重などがあげられる。

標準正規分布

標準正規分布とは、上記正規分布について、平均をゼロ、標準偏差を1に設定したものである。

図補1の中で、平均0、標準偏差1のグラフが、標準正規分布を示している。青色の線の場合は、平均は同じに設定してあるが、標準偏差を半分にしてある。標準偏差が小さいということは、平均を中心にして散らばりが小さいということである。逆に、黄色い線で示されたグラフは、大きな標準偏差の例である。標準偏差が大きいということは、平均を中心として散らばりが大きいということである。

このことを、上記、ランダム・ウォークの例で考えると、このようになる。ここに、人間とウサギと亀の酔っ払いがいたとする。ウサギは酔っ払っていても人間より走るのが早く、亀は遅かったとする。ある一定時間の後に、人間とウサギと亀が街灯からどの程度遠くまで離れた地点に達するかを観察したとする。人間の酔っ払いがどこまで行ったかを示したのが系列1のグラフだとする。

亀は人間より足が遅い。従って、街灯(0)から離れてしまう確立は低い。従って、0を中心として散らばりの小さい平均0、標準偏差系0.5のようなグラフになることが予想される。

逆に、ウサギは人間よりも足が速い。従って、より遠くまで行ってしまう可能性が高い。とすれば、街灯(0)を中心としてはいるが、0から離れた地点へ行ってしまう確率が高い、平均0、標準偏差系2のようなグラフになることが予想される。

図補1

正規分布には、もうひとつ大きな特徴がある。ある正規分布をしている事象について観察すると、平均を中心として、プラス・マイナス1標準偏差の範囲内に、68.3%の確率で含まれる。図補2においては、-1から+1の範囲である。この範囲をプラス・マイナス2標準偏差に広げると、95.5%、3標準偏差では99.7%になる。この関係は、正規分布の標準偏差が図補1のように大きくなったり、小さくなったりしても変わらない。

このことは、ある一定年齢以上の日本人にとっては、偏差値を例にとって説明するとわかりやすいであろう。

数学の70点と国語の70点という素点同士を比較することは、ナンセンスである。全体の平均点による差もあるであろうし、たとえ平均が50点で同じであっても、散らばり具合によって全体との対比における成績は大きく異なる。例えば、数学では、成績が平均化しておらず、100点満点のものから、0点のものまで存在していたとする。逆に、国語においては平均点付近の成績のものが集中しており、70点は非常に優秀な成績といった場合もありうるであろう。そこで、このような異なった成績を比較するために導入されたのが偏差値である。偏差値とは、テストなどの成績を、平均50、標準偏差10の正規分布に当てはめた(正規化した)ものである。

偏差値50が全体の真中ぐらいの成績であることは、容易に想像がつく。逆に、偏差値60以上とは、図補1の平均0、標準偏差1の標準正規分布でいえば、右側+1以上にあたる成績であり、全体の上位15.866%に入ることになる。偏差値70以上では、右側+2以上で、上位2.275%になる。偏差値80以上となると、上位0.13499%、1,000人に1人のレベルに達するのである。

図補2

オプションなど金融商品においては、標準偏差のことをボラティリティー(Volatility) と呼ぶことが多い。呼称は異なっていても、全く同じ概念である。従って、上記標準偏差と散らばり具合の確率はそのまま当てはまる。

本文中で取り上げられている1年物の株式オプションのボラティリティーが20%だったとする。この場合、平均(現在の価格。より正確には、現在の価格を金利で割り返した株式の将来価格)を中心として、プラス・マイナス20%の範囲に入る確率が約3分の2になると予想しているということである。

対数正規分布

本文中の株式は価格100万円であった(利子率は0%とする)。この場合、プラス・マイナス20%とは80万円から、120万円ということになるのであろうか。実は、多くの金融デリバティブ価格の計算においては、普通の正規分布に替えて、対数正規分布が使われることが多い。これは、正規分布においては、X軸の値はマイナス無限大からプラス無限大の値を取り得るのに対し、株価や為替レートなどはマイナスの値をとることは定義上ありえない(金利だけは別)。従って、これら原資産についてデリバティブ価格を計算する場合には、図補3に示されるような、対数正規分布が使われることが多い。対数正規分布においては、A地点からB地点までの距離は、AとBの座標軸の差ではなく、比で表される。

現在価格100万円の株において、等距離にあるプラス・マイナス20%の価格とは、120万円と80万円ではなく、 となる。

図補3

補論2

ボラティリティー

オプション価格理論の中では、ボラティリティーとは何で、どのように決定されるかについて、詳しく記述している教科書は比較的少ないように思われる(Tompkins, Robert , Options Explained はボラティリティーについて、詳細な記述をしていることが特徴である)。ボラティリティーについて特徴的なことをかいつまんで紹介する。

補論1において、ボラティリティーは標準偏差と同じ概念であると書いた。理論的には、そのとおりである。オプションの価格を決定するときに使われるボラティリティーは、ボラティリティーの中でも、予想変動率(Forecasted Volatility、インプライド・ボラティリティー(Implied Volatility)ともいう)である。したがって、市場で観察されたボラティリティー(Historical Volatility)ではない。株価や為替レートが過去の経緯とは無関係に決定されるのと同じように、ボラティリティー(予想変動率)はヒストリカル・ボラティリティーとは関係なく決定される(罫線分析など、将来価格が予想可能であるとする理論も存在する。テクニカル・アナリシスの是非はここでは論じないが、効率的市場において相場予測が無意味であることは、野口 悠紀雄『金融工学、こんなに面白い』の第1章(pp12-40)を丸々使って記述されているので、参照されたい。)。

本文中、オプションの価格の項において、オプション価格は、需要と供給で決定されると書いた。オプション価格は前述のように、スポット価格、金利、権利行使価格、期間、ボラティリティーで決定される。これら変数の中で、オプション・マーケットで独自に決定されるのが、ボラティリティーである。金利やスポット相場においては、オプション・プレイヤーは市場の一参加者に過ぎない。したがって、オプションの需給を最も大きく反映する変数はボラティリティーであるといえるだろう。

金融商品のボラティリティーはすべて年率換算して表示される。したがって、期間が異なると、補論1で述べた標準偏差と確率の関係は、そのまま使えなくなるので注意が必要である。

補論1での設定では、1年もの株式オプションのボラティリティーが20%であった。3ヶ月物の株式オプションのボラティリティーも20%であったとしよう。このとき、1年後に株価が先物価格のプラス・マイナス1標準偏差に入る確率が68.3%であった。100万円の株価では、83.3万円から、120万円であった。では、3ヶ月物の場合でも、同じ幅になるのであろうか。

直感的にも、同じ幅であることがおかしいことは気づくであろう。同じボラティリティーであれば、図補4のような関係が成り立つ。3ヶ月物であれば、期間が1年物の であるので、 つまり、 の幅の中に収まることになる(オプション価格と期間の関係は、その他条件がすべて同一であれば、期間の比の平方根に比例する)。つまり、90.9万円から110万円になる。

図補4

ボラティリティーは一定か

ボラティリティーは、期間によって異なる。短期のオプションに適用されるボラティリティーと長期のオプションに適用されるボラティリティーとどちらが高いかは、一定していない。ただし、短期のオプションの方が、長期のものより敏感に需給を反映して上下しやすいことは確かであろう。

また、ボラティリティーには、スマイル(smile)といわれる、権利行使価格がアット・ザ・マネーから離れるに従い、高くなる傾向が一般的に観察されている。プットとコールの両方が高くなるのではなく、一方だけが高くなる場合も多い。

もし、スマイルが一般的傾向であるとすれば、ブラック・ショールズの公式において、対数正規分布を採用したことが、根本的に間違っていることになる。ところが、このスマイルの形状は、安定的ではない。また、図補5からも読み取れるとおり、スマイルはオプションの期間が短いほど顕著に現れるといわれている。

スマイルは、もし分布状態が図補6に見られるように、正規分布より中心付近ではより集中して尖った分布を示している一方、中心から離れると正規分布を上回る分布を示す急尖分布(Leptokurtic Distribution)を示す場合には、正当化される。ただし、前述のように、スマイルの程度は期間によっても異なり、また、安定的でもない。もし、ボラティリティーに関するこれらの問題に対して何らかの学術的ブレーク・スルーが見出されれば、ブラック・ショールズを超えるスーパー・オプション・モデルができるかもしれない(Tompkins, Robert , Options Explained , p193)。

ここでボラティリティーに関する尖端的な見解を取り上げた意味は、ブラック・ショールズ・モデルも完璧ではないことを示すためである。まだまだ、金融工学の発展余地はある、逆にいえば、未完成なのである。

図補5

The information for this matrix is based upon implied volatilities from 9 August 1994.」

出典Tompkins, Robert , Options Explained , p159

図補6

 

 

参考文献

Bernstein, Peter L. (1996), AGAINST THE GOD, John Wiley & Sons, Inc. (青山 護訳(1998)『リスク 神々への反逆』日本経済新聞社 )

Cox, John C. and Rubinstein, Mark (1985), OPTIONS MARKETS, PRENTICE HALL, INC.

経済企画庁(2000) 「消費者契約法の解説」http://www.epa.go.jp/2000/c/0605c-abridment.pdf (2000/09/20)

金融審議会(1999)「中間整理(第一次)」http://www.mof.go.jp/singikai/kinyusin/tosin/kin005.pdf (2000/08/29)

國友 直人(1994)『現代統計学 [上・下]』日経文庫

野口 悠紀雄、藤井 眞理子(2000)『金融工学』ダイヤモンド社

野口 悠紀雄(2000)『金融工学、こんなに面白い』文芸春秋

仙台地裁平成7・11・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1444pp64-72

仙台高裁平成9・2・28第1民事部判決『金融法務事情』No.1481pp57-61

Tompkins, Robert (1994), Options Explained , MACMILLAN

安川 正彬(1965)『統計学入門[基礎編]』日経文庫