202211

Sergei Guriev & Daniel Treisman 『Spin Dictators: The Changing Face of Tyranny in the 21st Century SPIN DICTATORSPrinston University Press

元欧州復興開発銀行のチーフエコノミストで、現在はパリ政治学院で経済学教授を務めるセルゲイ・グリエフ氏と、UCLAの政治学教授のダニエル・トリーズマン氏による本書、出版元もプリンストン大学の出版会ですので、結構学術的な本のはずですが、アマゾンや新聞その他の書評でも評判になっているようです。

20世紀までの独裁者というのはジャイアンみたいに分かり易く暴力と恐怖で支配していましたが、21世紀の独裁者、いやグローバル・エリートでしょうか、は情報操作といったより洗練された手法を活用して私たちを支配しようとします。そんな新種の独裁者たちを本書では「spin dictators」なんて呼んでいます。

オーウェルの一九八四年新訳版』というよりハクスリーの『すばらしい新世界』)の世界ですね。で、本書においてグリエフさんとトリーズマンさんは新しい独裁者たちが活用している手法のあれこれをその実例(データも)とともに明らかにしています。私には具体的データを使った計量政治学の分析手法ってのはなかなか目新しくて面白かったですよ。

本書で取り上げられているのは、現代史に登場する独裁者たちです。ソ連のスターリン、ナチスドイツのヒトラー、イタリアのムッソリーニ、ウガンダのアミン、ルーマニアのチャウシェスクといったおなじみの独裁者たちから、シンガポールのリー・クアン・ユーのような日本ではあまり独裁的であると認識されていない面子に始まり、現代流のスピンを利かせたロシアのプーチンやトルコのエルドアンなどまでの独裁者たちを計量政治学の手法を使って明らかにしていきます。

本書の題名にもなっている“スピン”というのは、政治広報において、印象が悪くなるようなことは言わないで、あれをやりました、これもやりましたなんていかにも印象の良さそうなことだけ、あるいはそのように偽装した、あるいは歪曲したり曲解した情報(意識的なフェイク・ニュースですね)を流す、といったことを含む情報操作を意味します。本書の題名『SPIN DICTATORS』は、スピンを活用する独裁者達といったところですが、その手法の意味合いを考えると、民主主義を偽装する独裁者たち、ってとこになるでしょうか。民主的だと偽装する、どころか、実際に国民から非常に高い支持を得ている場合すらあります(プーチン大統領の支持率はずっと6割を維持してきたそうですが、ウクライナ侵攻後は8割を超えているそうです(Bloomberg)。岸田首相にはうらやましいことでしょう)。ではありますが、政治家とか官僚の言うことをそのまま信じちゃダメよ、ということが本書のテーマなのだと思います。ただ、そのためには私たち有権者、一般国民、パンピーにはリテラシーが求められます。

21世紀の独裁者は軍服ではなく仕立ての良いスーツを着ています(そう言えばプーチン大統領は160万円のダウンジャケットを着て大炎上してました

Daily Mail)。おまけに、インターネット時代のプロモーション戦略なんぞにも精通しています。為政者たちのやり口を知っておかないと、簡単に騙されちゃいますよ、ということでしょう。私たちのリテラシーを高めるためにもぜひご一読を。

本文中に昨今のコロナ危機に関して「Yet, at the same time, crisis expose leader’s incompetence」って書いてありました。今の日本の政治家はどんな評価を受けるんでしょうかねえ。

 

 

出口 治郎戦争と外交の世界史』日経ビジネス人文庫

ご存知知の巨人出口さんの新しい著作です。出口さんは私と同じ頃同じような病気で療養生活を送られていましたが、再び活動を開始されたようで何よりです。

「戦争とは血を流す政治であり、外交とは血を流さない政治である」なんていわれています。国際政治、外交の場においては日本的な以心伝心とか、話せば分かる、なんて通用しない冷徹な国益の追求が行われます。また、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とも言われています。政治家とか外交官だけでなく、私たち有権者、一般国民、パンピーにもリテラシーが求められます。読書の秋には本書を読んで、この場合には何がまずかったのかな、なんて考えてみるのも面白いかもしれません。そんな場合、出口さんの評価とご自分の評価を比べてみるのも一興かもしれませんね。私たちも本書を読んで少しはしたたかな考え方を身に着けようではありませんか。

 

 

クライブ・ハミルトン 山岡哲英監訳 奥山真司訳『目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画』飛鳥新社

「北京は西側諸国の間を仲たがいさせるように積極的に活動している。だからこそドナルド・トランプ大統領の孤立主義と同盟国との仲たがいは、貿易戦争にも関わらず中国共産党の野望にとって、またとないチャンスとなっているのだ」と書かれていますが、バイデン大統領の誕生は中国共産党にとって大変なマイナスになったのでしょうか?多分、そんなことはないと思います。バイデン大統領が副大統領を務めたオバマ政権は、新中国政権で、中国がその覇権的野望を隠さなかった時期に当たります。つまり、中国にとってはどちらに転んでも国が覇権を握るのに大きな支障はないと思っているのではないでしょうか。

でも中国が覇権を握るということは「あなたにアメリカが世界で果たしている役割について何らかの批判があるにしても(そしてそのうちの多くは実際に深刻なものだが)、習近平率いる中国は、自由を信奉する人々にとって、はるかに悪い選択肢となるはずだ」とハミルトンさんは書いています。同意。

現代の中国では、かつては存在した社会主義諸国でも見られなかったほどの強烈な「愛国教育」が行われています。これが最近の中国の発展の原動力であるとハミルトンさんは分析しています。やっぱり共産中国ってのは恐ろしい国だ、なんて思わないでもありませんが、日本だって戦前の体制や教育は似たもんでしょう。中国が何をやっているか、は私たちの過去に鑑みれば分かりやすいのではないでしょうか。そしてそのような教育を受けた人間を様々な形で他国に送り込んでいくのです。その結果は……。

このようにハミルトンさんは激烈な中国批判を繰り広げています。ちょっと前まで、オーストラリアは中国との関係も良く、もちろん貿易取引も盛んでした。その頃からオーストラリアでも一部では中国共産党の狙いはオーストラリア属国化だと言われていましたが、ハミルトンさんも「このような見解はこじつけにしか思えなかった」そうです。が、調査してみると、「そのような見解を支える証拠が山ほどあるように見えてきた」のだそうです。

細かいことは本書をお読みいただきたいと思いますが、日本にとっても他人事ではないはずです。日本でもトランプ政権下、シンクタンクからの報告書で媚中派と名指しされた政治家がいました、誰とは言いませんが。

各国首脳がダライ・ラマに公式に会うと中国からとんでもない経済的なしっぺ返しを受けることが広く知られるようになりました。これに対してダライ・ラマは「カネ、カネ、カネ。これがすべてです。道徳観念はどこに行ってしまったのでしょう」ザンビアのマイケル・サタという野党指導者は、「われわれは中国に出て行ってもらい、古い植民地時代の支配を回復してほしいと願っています……少なくとも西洋の資本主義には人間の顔が見えますが、中国のそれはわれわれの収奪しか考えていないから」

共産中国とはそういう国です。皆様もぜひご一読を。

 

 

金 文学われわれが習近平体制と命がけで闘う13の理由 中国の知識人による決死の「内部告発」』ビジネス社

金さんは韓国系中国人として生まれ、東北師範大学外国語学部認語学科を卒後用語日本に留学、広島大学大学院博士課程修了、日本国内の大学で教鞭をとった後日本に帰化した方です、日中韓3か国で執筆、講演を行っている方です。在日中国系知識人として中国批判を行ってきましたが、「だが自戒を込めて言えば、私を含め数少ない中国出身の識者は、日本の民主主義で保障された言論の自由を十分享受しながら、ある種“言い放題”になってきたのではないでしょうか」と言っています。

とはいえ、最近ではどっかの元大統領のツイッターのアカウントが永久停止になっちゃいましたねえ。日本だって、政権に反対する役人はどこかに飛ばすと堂々と言ってのけた首相がいました。誰とは言いませんが。民主主義国家だとかなんとか言っていますが、いずこも中国共産党の手法を真似し始めちゃったんでしょうかねえ。

そこで本書は、中国国内で発信し続ける反体制、批判的知識人と金さんがインタビューを行い、その主張を日本に伝えるものです。このような発信が中国本土から行われていることに驚かされます。それにしては日本では報道されませんねえ。誰に忖度してるんでしょうか。今の習近平体制の下、このような言論を行うことは、身体的な不自由、それどころか命そのものが危険にさらされる行為です。そこまでして世界に訴えたかったことは何だったのでしょうか。本書のテーマは「中国には、本当に明日があるのでしょうか」です。皆様も是非ご一読を。

 

小口 彦太中国法 「依法治国」の公法と私法』集英社新書

中国なんて法治国家ではない、人治国家だ、なんて言われます。要するに、中国なんて日本より遅れているに違いない、というわけです。でも、小口さんよれば、現在の中国の契約法などは、日本の契約法よりはるかに国際水準の法律になっているそうです。判例などに鑑みるに、ちゃんと機能している、というのが小口さんの評価です。

私法分野ではそのような中国法も、公法分野になると全く違うようです。ま、そうでしょうねえ。中国じゃ司法の独立なんてもんはなくて、「法院」(日本だと裁判所)は、「刑事・民事を問わず、法院はその事件処理を担当する行政機関として理解するほうが実態に合っている」んだそうです。日本の裁判所の独立性も怪しいもんですが、中国の場合、法律の立て付けからしてそうなっているのだそうです。

これは優劣ではなく、法律の建て付けが異なっているということでしょう。これに関しては、尖閣諸島を日本国政府が所有者から購入した際に中国側がとんでもない反発を示した件が冒頭に紹介されています。なるほど、だからだったのか、という説明がされています。

尖閣諸島をめぐっては202121日、中国で海上警備にあたる中国海警局の船が停船命令などに従わない外国の船舶に武器の使用を認めることなどを盛り込んだ法律「海警法」が施行されました。何らかの問題が生じた場合、共産中国に対して法律上どうのこうのと反論しても無駄だと思います。だって、向こうには向こうの論理があるんです。日本国政府はどのような対処を考えているのでしょうか。まさか仮定の問題には答えられない、なんて言わないでしょうね。

世の中には全く異なる法体系がある、という当たり前そうで、実はあまり理解されていない現実を鮮やかに描き出しています。特に中国とビジネスを行おうという場合には必読でしょう。そうでない場合でも、法律というものの考え方(国が違えば考え方も変わりうる)は大変参考になると思います。皆様も是非ご一読を。

 

 

住吉 雅美あぶない法哲学 常識に盾突く思考のレッスン』講談社新書

住吉さんは青山学院大学法学部教授で、専攻は法哲学。

「憲法も含め、法律を制定し維持するのは暴力である。このテーゼも法哲学では古くから良く知られている」んだそうです。

なぜこの法律を守らなくてはいけないのか、なんてことを突き詰めていくと、最後は信仰のようなものに行きついてしまうのだそうです。そこからは、あなたは何を信じますか、という問題。ですから、根本原理が違えば法律も違う。キリスト教国とイスラム教国で法律は異なってくるわけです。日本みたいな国だと戦前は万世一系の天皇制に根本原理を置く法体系だったのに、戦後は民主主義を根本原理(一応は)の法体系にコロッと変えられますが、そんなとんでもないことができるわけないだろう、って国も多いんじゃないですかね。

とにかくいろんなことを考えさせられる面白い一冊でした。

 

 

 

202210

猫組長(菅原潮)『金融ダークサイド 元経済ヤクザが明かす「マネーと暴力」の新世界』講談社

現在の金融の世界においても「「暴力」は、ファイナンスのための究極の合理的ツールであるというのが私の認識だ。規制が強化された現在では「逮捕リスク」が「合理性」と釣り合わないので、別な「合理性」を追求しているのに過ぎない」のだそうです。今のところ世界の金融業界は規則を守っているように見えますが、何も規範意識が高まったからではなく、うまく規制をすり抜けるツールがうまく見つかっていないから……、ということに過ぎないみたいですね。

ところで本書には郷原信郎さんの『「深層」カルロス・ゴーンとの対話 起訴されれば99%超が有罪になる国で』で採り上げられていたゴーン事件に対して、全く異なる、しかし興味深い解釈が描かれています。

実は私もゴーン氏事件の背景の一つとなったスワップ取引には違和感を持っていました。マージン・コール(追証)として19億円が要求され云々という話でしたが、マージン・コールが19億円になるような為替取引ってのは、想定元本が100億円あるいはそれ以上とかでないと辻褄が合いません(このことは本書でも指摘されています)。そうなると、ゴーン氏のサラリーのヘッジ、というよりは、単に個人的なディーリングで損をした、というように思えます。それを会社に付け替えるってのは……、って思ってました。ここら辺は郷原さんも詳しくは触れていませんでしたね。この事件に関して猫組長はさらに一歩踏み込んだ解釈をしていますよ。ご興味のある方はぜひご一読を。

 

 

荒木 博行『世界「倒産」図鑑』日経BP

荒木さんは実際に企業経営に携わる傍ら、ビジネススクールの教壇に立ち、その実践的な学びを若い方々に伝えるという二足の草鞋生活を実践している方なのだそうです。うたやましい。

で、ビジネス・スクールの授業でも有名なものの一つにケース・スタディがあります。実際の企業を例に取り上げてあれこれと考えるのですが、その際に採用される企業は圧倒的に成功事例なのだそうです。

失敗事例は、「責任問題やステークホルダーとの関係があり、語りづらい」のだそうです。それを語るのが失敗した当人だとしても、企業経営には多くの人間がかかわっており、それら当事者すべてが同じような見解を取っているとは限りません。どっちかって言うと、ほとんどの人が、俺以外の誰かとか社会状況とか経済状況とかに責任がある、って言うんじゃないですかね。それじゃケース・スタディにはならないわな。

ではありますが、「時として形になる失敗事例はとても大きな気づきの機会をもたらし、私たちの行動を変えるヒントを与えてくれる」のだそうです。そうでしょうね。

本書で採り上げられているのは失敗事例のなかでも規模も大きく、知名度も高い有名な倒産事件ばかりです。それでも、あらためて読んでみると、様々な気づきがあります。大変面白く読了いたしました。

 

 

日経トップリーダー編集部なぜ倒産 平成倒産史編』日経BP

前書とは違い、本書は平成の30年間で倒産した中堅・中小企業の事例を分析したものです。

平成の時代というと、バブルの崩壊から始まります。失われた10年が20年になり。ついには30年になり令和になる、という時代です。お先真っ暗な時代ではありましたが、同時にイケイケドンドンではやっていかない時代になり、経営手法においてもち密さを身に着けた時代でもあります。また、そのような観点からの分析が多くなされた時期でもあります。従って、教材として取り上げるのにはふさわしい事例が多い、ということでもあるようです。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし、なんて野球の野村監督の座右の銘がありました。ってことは、分析して共通項が見えてくるのは成功事例ではなく失敗事例だ、ってことなんでしょうかね。

 

 

玉手 義朗『あの天才がなぜ転落(伝説の12人に学ぶ「失敗の本質」)』日経BP

本書は企業というより、その企業なりを興した「天才」に焦点を当てています。取り上げられた12人の天才たちはいずれも一世を風靡した時期がありながら、実に寂しい晩年を送っています。

私たちは秀でた才能などにあこがれますが、それ以外の社会生活を送っていく上での普通の大人の感覚ってのも意外と大事みたいですね。

 

20229

谷口 真由美おっさんの掟 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』小学館新書

「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものは「ババア」」なんて言って物議をかもしたのは石原慎太郎前東京都知事(本人は一応他の人の発言だとしています)ですが、私は今の日本の体たらくをもたらしたのは「ジジイ」なんじゃないかと思っています。谷口さんは大阪のおばちゃんですから、本書ではおっさんって言ってますが、同じ意味でしょうね。

谷口さんは20196月から20216月まで、公益社団法人日本ラグビーフットボール協会の理事を務め、20201月からはラグビー新リーグ法人準備室長という重責を担っておられました。「ラグビー界の改革の旗手」だったはずですが、2年であえなくクビ。そんな谷口さんが書いた大阪のオバチャンの昭和のジジイどもとの奮闘の顛末記です。面白そうでしょ。

私も還暦過ぎ。昔はジジイどもにあれこれ言われてむかついたもんですが、今じゃ若い人にウザイジジイだって思われてるんでしょうねえ。気をつけなくちゃ。

 

 

佐藤 千矢子オッサンの壁』講談社現代新書

佐藤さんは2017年に全国紙で女性として初めて政治部長に就かれた方です。政治部長に就かれたくらいですから能力的には折り紙付きなのでしょうが、そのような方でも思いっきりオッサンの壁に悩まされたようです。そうだろうなあ。男の私でも似たような思いはしたもんね。ま、私にセクハラはありませんでしたが、パワハラ、カスハラなんて、結構しょっちゅう。で、その時私が何かしたかというと、何もしなかったし出来なかったんですけどね。佐藤さんは「男性でもオッサンでない人たちは大勢いるし、女性の中にもオッサンになっている人たちはいる」って書いています。ま、男も女も朱に交わると染まって赤くなって、オッサン化しちゃうみたいですね。

日本を良くするためには私みたいなジジイは身を引かなきゃいけないみたいです。私もおとなしくしてよー、っと。

 

 

加藤 陽子この国のかたちを見つめ直す』毎日新聞出版

加藤さんは現在東京大学大学院人文社会系研究科の教授。専門は日本近現代史。菅内閣のとき日本学術会議の新会員候補名簿から除外されちゃった6人のうちのひとりでもあります。そんな加藤さんが日本の現状をどう見ているかというと、「2020年以来の新型コロナウィルスをめぐる国の対応ぶりを回顧するにつけ、国家は国民を守らないのではないか、国家と国民が交わした戦後の社会契約の賞味期限が来てしまったのではないか、との不安が社会を覆うようになったと感じる」状態である、と思われているようです。確かにねえ。ナントカの一つ覚えみたいに“自助、共助、公助”なんてうそぶいていた政治家には、政治家は国民と国民を守る契約を結んでいるんだ、なんて自覚も責任感も微塵もなかったんでしょうねえ。まあこんな風に考えていたから簡単に位任命拒否しちゃったんでしょうね。

かつて日本に「日本で最大の不自由は、国際問題において、相手の立場を説明することができない一事だ。日本には自分の立場しかない」と喝破した方がいらっしゃったそうですが、今も全く進歩してないようです。「他者を公正に理解する態度」なんてゼロ。加藤さんは「私はこの国民世論のまっとうさに信を置きたいと思います」なんて書いていますが、そんなに日本人(他の国民だって大同小異でしょうが)を信用しちゃって大丈夫かいな?

ではありますが、久々に思いっきり知的で面白い一冊でした。皆様も是非ご一読を。

 

 

加谷珪一貧乏国ニッポン ますます転落する国でどう生きるか』幻冬舎新書

コロナ禍プラスロシアによるウクライナ侵攻は日本経済、日本人の暮らしに大きな影響を与えました。本書評執筆時でもすでに大きな影響がありましたが、その影響は短期間では終息せず、今後年単位で影響が残ると私は予想しております。当たらない方が良いような気もしますが。

本書で加谷さんは日本の現状を「近い将来、日本人がアジアに出稼ぎに行く日がやってくる可能性も高い」と衝撃的な見通しを披露しています。でも、これって現状を冷静にエビデンス・ベースで分析すれば、衝撃的でも何でもない冷静な分析なんですけどね。分かってないのは頭の固いジジイどもだけ。

ジャパン・アズ・ナンバーワンなんて言ってうぬぼれていた頃、日本の一人当たりGDPはほとんどアメリカと肩を並べる水準に達しましていました。それが今じゃアメリカの半分。アメリカだけが成長したわけじゃなくてその他の先進国、あるいはアジア各国なども同様に成長しています。成長していないのは日本だけ。はっきり言って日本の一人負け。責任者出て来ーい!!

本書に面白いエピソードが載っていました。100均ショップで有名なダイソーは海外にも展開しているのですが、「物価が高いニューヨークは1.9ドル均一、他の都市は1.5ドル均一で販売するケースが多くなって」いるのだそうです。これ、簡単に考えると日本は物価が安くてイイじゃないと思えるかもしれませんが、日本国内ではそのぐらい安くしなけりゃ誰も買ってくれないのよ、貧乏な国だから、と言い換えることもできます。

ディズニーランドの入園料だってマクドナルドの値段だって日本が一番安いんですって。そりゃ、爆買いツーリストが増えるわけです。コロナで減ったけど。

良い円安、悪い円安、なんて眠たいことを言っていると大変なことになりますよ。日本の政治家の方々にも是非読んでいただきたい一冊でした。

 

 

 

20228

入山 章栄世界標準の経営理論』ダイヤモンド社 

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世界標準の経営理論 [ 入山 章栄 ]
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経営理論と言ってもピンからキリまであります。私だって経営学の本を書いちゃってみたりしましたし。「その膨大な検証の蓄積から、「ビジネスの真理に肉薄している可能性が高い」として生き残ってきた「標準理論」とでもいうべきものが、約30ある」のだそうです。で、それらの理論を一覧できる形でまとめたのが、本書、なのだそうです。日本語で読めるのはありがたいですよね。でも、本書、820ページもあります。未読書の棚の場所をとってしょうがないので、早めに読んでしまうことにしましょう。

本書は「世界最高レベルの経営学者の、英知の結晶である」「その大半を分かりやすく紹介・解説するのが、本書の目的だ」「このような本はこれまで、この世のどこにも存在しなかった」んだそうです。経営学ってのは「経済学、心理学、社会学という他の3つの学問分野から応用して使っている」ので、「この3つにディスシプリンをまたいで体系的に教科書を書くことは研究者にも難しく、これまでこのような本がなかった」んだそうです。

すげーな。今までになかったような多分野にまたがる経験知識の上にまたがる理解の上に成り立っている経営学ってのは史上最強の学問、とでも言いたげですが、そんな評判聞いたことがないぞ。本当に真理に肉薄してるんかね。それに、経営学の理論上はこうなるので、理論に従えば、このようにビジネス展開をすれば成功するはずだ、実証してみよう、なんて話も聞いてことないぞ。

それはともかく、本書を読んでいると、なるほど経営学ってのも着実に進歩はしているんだな、ってのが分かりますね。なるほど、ここら辺の議論を使えば、私のコンプライアンスに関する議論も、もうちょっとは深堀り出来たんではないの、なんて思いました。あー、でも、論文を書くほどのエネルギーも湧いてこないなあ。年か。

 

 

ジョセフ・E・スティグリッツ 山田美明訳『プログレッシブ・キャピタリズム』東洋経済

スティグリッツさんによれば、今のアメリカは「1パーセントの、1パーセントによる、1パーセントのための経済や民主主義」になっているそうです。日本もだいぶ前からそうだよ。今頃気が付いたの?

今の日本とアメリカの違いってのは、アメリカは現在経済的に成長しているのに対して日本は停滞している、ってことでしょう。でも、成長の恩恵に与れる人数は多くはないはずです。いくら努力したって何も良いことがないじゃないか、ってじっとわが手を見つめりゃ、誰だって感じるところもありますよね。2016年の大統領選挙でヒラリー・クリントンは「産業力を失った地域に暮らすトランプ支持者を「嘆かわしい人々」と呼んだ」そうです。絶対有利って下馬評だったのに落選しましたねえ。

民主党を応援しているスティグリッツさんらしく、本書もトランプ大統領及びトランポミクスをこき下ろしています。でも、民主党の経済運営がバラ色だったら、共和党は政権を取れなかったはずです。その逆も真。誰がやってもうまく行かないもんなんじゃない。

2世紀にわたる研究の結果、私たちはようやく、アダム・スミスの「見えざる手」がなぜ見えないのかを理解した。そんなものは存在しないからだ」ですって。今頃そんなこと言われても……。

 

 

ビョルン・ヴァフルロース 関美和訳『世界をダメにした10の経済学 ケインズからピケティまで』日本経済新聞社

デロリアンDMC-12という車をご存知でしょうか。そう、あの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でタイムマシンとして登場したクルマです。生産台数は9000台ですから、スポーツカーとしてはメチャクチャに少ない、という訳ではありませんが、ジョン・デロリアンが「時代の最先端をゆくスタイルと性能を兼ね備えたスーパーカー」なんて思いっきり盛大にぶち上げちゃいましたので、成功したとは言えないでしょう。ヴァフルロースさんは、デロリアンの失敗と比較すると、「経済理論の問題もこれとなんら変わらない」と評しています。「多くの経済学者たちが「最高のデザインを知り尽くしている」と思い込んでいる点にある。だがジョン・デロリアンと同じで、理論はあっても実践はできていない頭でっかちなのだ」

ある政治家はこう言っていたそうです。「やるべきことはわかっている。でも、それをやったら次の選挙で勝てないだろう」って。じゃあ、これからもずっとダメじゃん。

先ごろIMFは日本の消費税の15への引き上げを提言しました(時事通信 新型肺炎、日本経済のリスク 消費税15%への上げ提言IMF)。最初の章で邪悪な理論として取り上げられているのが「緊縮財政は経済成長の足かせになる」です。さてさてあなたはIMFとヴァフルロースさんのどちらに軍配を上げますか?

 

 

堀内 勉読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200』日経BP

堀内さんの経歴は、東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、ISL Institute for Strategic Leadership修了、東京大学Executive Management Program修了、職歴も日本興業銀行、興銀証券、ゴールドマンサックス証券を経て森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員兼最高財務責任者を歴任するというバリバリのビジネス・エリートです。そんな堀内さんも日本のバブル崩壊、リーマン・ショックなどを経験するうちに「客体としての資本主義の研究をすすめるだけでなく、それを受け止める主体としての自分自身の問題に正面から取り組まなければならない、そのためには宗教や哲学や思想を真剣に学ばなければならない」と思うようになり、意識的な読書経験を積んでこられたのだそうです。

私なんかビジネス・リーダーだったこともなければ、これからもなりそうもありませんが、興味のある分野がかぶっていますので、実際に読んで理解する、なんて難しいことは堀内さんに任せて、堀内さんの解説を読んでその気になっちゃおう、ということで読んでみました。

本書の構成としては、宗教、哲学、経済といった大きなくくりの概観・歴史を堀内さんがまとめた後、個々の本に関する内容が紹介されています。

個々の書評には今までに実際に読んだことのある本も含まれていますので、印象を比べられるなど、なかなか面白く読了することができました。何冊か、ではありますが、是非読んでみたいな、と思わせる本もありました。さ、注文しよ。

 

 

 

20227

瀬戸 睿 『日本社会は鬼ばかり 老練精神科医の時評』朝日エディターズハウス

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著者の瀬戸さんは1941年生まれの精神科医。文面から見ると現役のようです。その瀬戸さんが安倍時代から様々な媒体(掲載媒体名を示してあります、と書いてありますが、私は上手く見つけられませんでした)に書いたエッセイをまとめたもののようです。ですから、時候の話題など読んでいる時点とズレが生じるのはやむを得ないのかもしれません。確かに執筆時から年単位で時が経ている問題もありますが、相も変わらず同じような問題が何の進展も見られず放置されている場合も多いみたいですねえ。

ところで本書に「もう50年近く精神科医をやっていて、不思議に思うことがある。それは、外来診療に来られる教員と警察官の多さである」と書かれていました。教員はまあ、なるほどとも思いますが、何で警察官なんでしょうか。やっぱりものすごいノルマのプレッシャーの下で働いていることの現れ、なんでしょうか。責任者出て来ーい。それに、私たちもしっかりしなきゃ、ね。

 

 

プチ鹿島お笑い公文書2022 こんな日本に誰がした! プチ鹿島政治コラム集文藝春秋

新聞の読み比べが趣味というプチ鹿島さんが、日々の新聞読み比べで「ギョッと」したことを書き綴った本書。プチ鹿島さんは、今の日本は「なんというか、そこまではしないよねという最低限の信頼の底が抜けた感」があるとしています。まったく同感。責任者出て来ーい。

ま、責任者が出てきたためしはありません。大体、責任者って 言うからには責任をとるものだと思いますが、責任なんて取らないもんね。それよりも何よりも、私たち有権者が自分で考え、自立した個人として行動するというシンプルなことが重要なんではないでしょうか。為政者のレベルってのは選挙民のレベルの反映らしいですからねえ。指導者がアホなのは選んでいる我々がアホだから、ってことになりますね。プチ鹿島さんの本を楽しみながら読んで、私たちも政治にも関心を持とうではありませんか。

 

 

本間 龍原発広告【電子書籍】』亜紀書房

 

ロシアのウクライナ侵攻において、原子力発電所への攻撃が取り沙汰されました。今までのところ原子力発電所にミサイルが撃ち込まれ放射能がまき散らされるような事態は起きてはいませんが、その危険性が現実のものとして認識されました(【解説】なぜロシア軍はウクライナの原発を攻撃するの?チェルノブイリ、ザポリージャの次に標的になりうる原発は Greenpeace Japan  )。

また、日本では複数の首相経験者が東京電力福島第一原発事故の結果、多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しんでいるとする書簡EUに送ったところ、政府などから誤った情報を発信しているとの批判が巻き起こりました。日本では甲状腺がんが多発しているなどと言うことは起こってはいけないことであり、従って認めていません。311においてチェルノブイリ(今だとチェルノービリって書かんといかんか)以来とも言われる原発事故が日本で起きたんですけどね。

本書評でも何度も指摘しましたが、日本人は反省することが本当に苦手な民族であると思います。経営学における著名な理論にPDCA理論がありますが、日本ではPplan)とDdo)には時間も手間も欠けるのですが、Ccheck)とAact)には手間も暇も欠けません。一旦実行されてしまうと、それ自体が巨大な慣性をもって動き出してしまい、いかなる批判も許さなくなるのです。これは名著『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』で指摘されているところです。たった数十年では日本人の気質は変わりようがないのでしょう。

最近では『ブラックボランティアにおいて日本では不都合な真実を暴き出した本間さんが原発の闇について告発した本書、ぜひご一読を。

 

 

荻原 博子『私たちはなぜこんなに貧しくなったのか文藝春秋

FP(ファイナンシャル・プランナー)の星(だってFPの資格って、取ったからってそれで食っていける訳じゃないんです。私も持ってるけど。FPですって言ってまともに食ってる人って荻原さん以下、少数だと思いますよ)荻原さんが昨今の日本において「私たちはなぜこんなに貧しくなったのか」を正面から問いかけた本です。

本書において「上がりエスカレーターの「昭和世代」、下りエスカレーターの「平成世代」、「令和世代」の多くは下りエスカレーターから飛び降りた」と例えられています。令和世代は飛び降りたんではなく振り落とされたんではないの、とも思いますが、概ねその通りですねえ。

ロシアのウクライナ侵攻は本書評執筆時点で終結を見ていませんが、日本円は20年ぶりとか言う円安に見舞われています。為替レートって、言ってみれば一国の株価みたいなものです。外国の投資家から見れば、別にロシアから侵攻されたわけでもない日本ではありますが、将来性はない、って評価を受けているわけです。政治家の皆さんももう少し真剣に受けてほしいものですねえ。

経済力に陰りが見えるだけではありません。能力・教育分野でも「スイスのIMDの「世界人材ランキング」では何と63ヶ国中48位」、「日本はOECD34ヶ国中で最も高等教育(小学校から大学までの教育機関に対する公的支出)にお金を出さない最悪な国」になってしまいました。ダメじゃん。

あ、本書でひとつだけ間違いを見つけました。1998年の大蔵省接待汚職事件にからみ、かの有名な「ノーパンししゃぶしゃぶ」のお話が出てくるのですが、「向島あたりで銀行の接待を受けていた」なんて書かれていますが、このお店は……。なんで知っているかって言うと、……。

本書で気に入った表現が「「異次元」から帰ってこられなくなった「金融政策」」というものです。政府・日銀の自縄自縛ぶりを表した的確な表現ですねえ。でも、20224月現在、諸外国の政策変更に伴い、この政策にも変更が迫られています。年末までには大きな政策変更が余儀なくされるはずですが、さあ、どうなりますか。

本書では様々な日本にとっての“不都合な真実”が暴かれています。別に荻原さんが煽っているわけではありませんが、本書を読んでいるとふつふつと怒りがわいてきます。現実を知るためにも是非ご一読を。

 

 

20226 

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メンヘラの精神構造 (PHP新書) [ 加藤 諦三 ]
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メンヘラとはメンタルヘルスを略した言葉だそうです。メンタルヘルス(精神的健康)を略しても意味が変わらないような気がしますが、メンヘラって言葉には違った意味があるようです。それは、「心の病んだ人」って意味みたいです。だから本書の中で加藤さんはメンヘラ社員ではなくメンディスって言いたいなんて言ってます。メンディスってmental  diseaseの略ですよ。これなら意味は通るわな。

本書でメインに取り上げられているのはいわゆるメンヘラです。「「メンヘラの精神構造」とは、心理的成長に失敗した人の精神構造」です。子どもから大人になる過程で人は色々な壁に直面します。それを何らかの形で克服して成長していくのですが、そのような課題にまともに取り組まず、従って問題を克服することなく大人になってしまう。一人の大人として自立していない。で、あーだこーだと文句ばかり言って騒ぐことになります。

メンヘラの人とは、「メンヘラ社員は騒ぎ嘆くだけで、困難には具体的に対処しない」「過度の被害者意識は、攻撃性の変装した意識である。苦しみは非難を表現する手段である」らしいです。なるほどねえ。私もある部下から自分のことを認めてくれないだどーだこーだと文句を言われたことがあります。相手が本書に出てくるタイプだったのか、私がそのタイプだったのか……。

メンヘラ社員なんて言うと、現代的な病、なんて感じがしますが、かつて“24時間闘えますか” なんてモーレツ社員は、「現象的は正反対であるが、心理的には同じである」んですって。両者とも心の中には同じように攻撃性を持っているのですが、その偽装の仕方が違うのだそうです。また、かつてゲバ棒を持って戦っていた学生が、あっという間に髪の毛を切ってサラリーマンになっちゃったのも同じようなもんなんだそうです。人間が根本的に変わったのではなく、その攻撃性の偽装が変わっただけなんだそうです。

本書はさらにメンヘラの奥にある心理状態を分析していきます。ま、分かるんですけどね、疲れちゃった。私も還暦ですもんね。メンヘラタイプの人間とは付き合わないことにしましょう。今さら友達を作ろう、でもないもんね。嫌なヤツとはおさらば。無理かね。

 

 

池谷 敏郎代謝がすべて やせる・老いない・免疫力を上げる』角川書店

本書もいわゆるダイエット本です。ではありますが、本書の著者の池谷さんは現役のお医者さんです。ですから、これこそ究極のダイエット法だ、なんてことは全然書いてなくて、人間のエネルギー消費(代謝)のメカニズムはこうなっていて、こういう時にこうすればエネルギーが消費され、結果として痩せるわけです、なんて書いてあります。

従って、本書は情報量が多い。いや、私なんぞには多すぎる。私のようなデブでも、これで痩せる、なんてことは書いてありません。まじめに勉強するしかないのかな。うーん。どうすりゃいいんだ。

 

 

ペトル・シュクラバーネク 大脇孝志郎訳『健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭』生活の医療社

健康の追及は今ではほとんど国家イデオロギーです。本書にも「健康主義は強力なイデオロギーである。なぜなら、非宗教化した社会において、健康誌主義は宗教が欠けたあとの真空を埋めてくれるから」なんて書かれています。不健康で自堕落な生活を送っている人間は今や国家反逆罪を犯す極悪人みたいに思われています。それじゃ、病人は因果の報いか?

昨今の話題はコロナ禍です。言うところのコロナ脳になってしまうのはまずいと思いますが、コロナなんて関係ねえ、って独りよがりの行動をとるのも同様にまずいのではないでしょうか。何事もバランス、中庸が大切ですよね。

コロナ禍のいま、健康とは何か、人間的医学とは何かを考えさせる一冊でした。

 

 

山本 健人医者が教える正しい病院のかかり方』幻冬舎新書

この本は「医者と病院のトリセツ」なんだそうです。山本さんは「医師をうまく利用する力を身につけることも大切です」とも書いてますね。

本書の著者の山本さんは京都大学医学部を卒業された超エリート。とにかくお医者さんです。ですから、本書は「医者と病院のトリセツ」と書かれている割には、医者から見ると、良い患者さんはこうあってほしい、なんて風に書かれているように感じるところがあります。それと、家電でも何でも取扱説明書ってのは、一般素人向けに書かれているはずなのに結構難しいのがありますよね。パソコンの取扱説明書なんて、パソコンそのものの完成度が家電とかに比べるとこれは試作機ではないのか、なんていうくらいに低くて、その分取り扱い説明書がむやみと分厚くてどう読めばよいのか分からない場合があります。良く知っていれば、自分好みにカストマイズできる余地が大きいのかもしれませんが、私のような素人さんには使える組み合わせがひと通りそろっていれば、それで良いんですって。オプションが多け良いって訳じゃないんだって。

そういう意味で、本書は、医者はこんな風に考えていますよ、だから患者さんはこんな風にふるまってね、って本みたいです。でも、医者なんて、患者の言うことなんてまともには聞いてませんからね。私も頭にきて通院止めちゃったもんねえ。お前みたいな医者にかかってると寿命が縮んじゃうわ、なんてね。医者から見れば私みたいなのは碌でもない患者なんだろうな。医者と患者ってのは分かり合えないもんですねえ。

 

大脇 幸志郎「健康」から生活をまもる 最新医学と12の迷信』生活の医療社

 

本書の著者大脇さんも本職はお医者さん。ですが、実は上にご紹介した『健康禍』の翻訳者でもあります。

本書の帯に「健康に対する不真面目こそが必要とされるいま、読むべき一冊だ」なんて書いてあります。

本書のスタンスはタバコの害について書いてあることがよく表しています。大脇さんも「タバコは間違いなく体に悪い」と認めています。でも。この本は「タバコも酒もやらないが趣味や娯楽のない人生は嫌だと思う人のためでもある」なるほど。

もし統計的な理解に基づけば、「冬場のノロウィルスにやられないように生ガキは食べない方がいい。高齢者が年始に餅を食べることなどとんでもない」ことになっちゃうんです。そんな世界に住みたいですか?私は嫌だもんね。

 

 

20225 

藤岡 幸夫音楽はお好きですか?』敬文堂

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音楽はお好きですか? [ 藤岡幸夫 ]
価格:1650円(税込、送料無料) (2022/3/25時点)

藤岡さんは日本では普通に大学の文学部を卒業されましたが、その後英国王立ノーザン音楽大学指揮科を卒業され、現在は指揮者として内外のオーケストラで活躍されている方です。

ところで、チャイコフスキーの第5番の交響曲があります。藤岡さんにとってもチャイコフスキーは指揮者プロデビューの縁の深い作曲者らしいですが、この曲の第3楽章に、ものすごく盛り上がった後の休符で間違って思わず拍手しちゃう観客が多いことで有名な曲ですが(拍手しちゃうこと自体は問題ないそうですが、日本の演奏会ではそんなことをするとおっかない顔をしたクラシック・ファンの爺さんに睨まれます)、藤岡さんはここでは、拍手はない方が好ましいと解釈していますので、そのように指揮しているのだそうです。そんなことまで考えて指揮してるんだ!

本書はそんな藤岡さんの英国での指揮者デビューまでのお話と、クラシック音楽にまつわる様々な話題を集めたエッセイです。

 

 

藤岡 幸夫続 音楽はお好きですか?』敬文堂

で、本書はめでたく指揮者になった藤岡さんが「指揮者のこと、楽曲のこと、作曲者のことに重きをおいて」書かれたエッセイです。

本書を読んでも分かる通り、指揮者の方って、音楽はもちろんのこと、文章を書かせても、トークをさせてもとても上手で、多芸多才とんでもなく頭の良い方が多いようですね。日本で最も高名な指揮者であろう小澤征爾さんも、『ボクの音楽武者修行などのとっても面白い著作を残されています。

娘が高校生のとき交換留学でドイツに行ったのですが、ホスト・ファミリーのお父さんが指揮者で、お嬢さんの日本留学中にお父さんが日本に来られたとき、我が家で夕食をご一緒する機会があったのですが、何を訊いても(別に音楽のことでなくても)当意即妙の受け答えで、頭の良い人だなあと感心した覚えがあります。

まあ、譜面を読んだだけで頭の中で音楽がフル・オーケストラに合唱付きで鳴っちゃうような人たちですから頭の出来が違うのかもしれませんね。おまけに、指揮者なんてのは初めて会ったオーケストラでも、演奏をリーダーとして引っ張って行かなくてはいけないのですから、頭の良さを鼻にかけたような嫌味なところが全くない人間的魅力も兼ね備えている(藤岡さんもそのひとりらしいですよ)のが素晴らしいですね。

そんな藤岡さんの音楽エッセイ。CDの解説に書いてあるような通り一遍の解説ではない藤岡さん流の楽曲解釈にあふれています。ぜひYouTubeなどで音源を確かめながら本書を読んでみてください。面白かったですよ。ぜひご一読を。

 

 

小川 敦生美術の経済 “名画”を生み出すお金の話』インプレス

2008年に村上隆さんのの「アニメ顔フィギュア」がサザビーズのオークションで、1516万ドル(当時のレートで約16億円)で落札され、日本人現存作家としては破格の価格に日本でも話題になりました。このぐらいの値段ならかわいいもので、レオナルド・ダ・ビンチ作と言われる「サルバトール・ムンディ」は2017年のクリスティーズのオークションで450312500ドル(当時のレートで約508億円)で落札されました。この値段だと、さすがに寝室の壁に飾っとく、って訳にはいかないでしょうねえ。それにしてもなんでこんなに高いの?

もちろん、レオナルドの作品の芸術的価値はお金では測れない、なんてことも言えるかもしれませんが、人間の命だってお金に換算してしまうのが現代社会ではありませんか。「サルバトール・ムンディ」よりお値段の高い人っているんですかね。そう考えると、なんだか理不尽ですよね。

ところで、本書に書かれたエピソードに面白いものがありました。「経済が活況を呈している中国では、美術品オークションが兆円単位(円換算)の規模を有している」のに対し、「日本のオークション市場の売上高の総計は、150億円から200億円を推移している」んだそうです。最近の日本で美術なんてものが経済的にも大きな位置を占めたのはバブル期だけの線香花火。なんだか、日本と中国の国としての勢いの差が表れているような気がしますねえ。

そんなこんなの美術と経済の関わりについて書かれた本書。美術の見方がちょっと深くなるかもしれませんよ。

 

 

小林 頼子フェルメールとそのライバルたち 絵画市場と画家の戦略KADOKAWA

フェルメールは言わずと知れた、17世紀のオランダで活躍した風俗画家です。17世紀のオランダでは新興市民階級が成立し、その市民たちが芸術作品を買うという社会が成立していました(チューリップ・バブルなどもこの時代の出来事です)。芸術作品、といっても、当時のフェルメールなどの画家による絵画作品とは、現在でいえばちょっとした高級外車のような、ちょっとお高い耐久消費財のようなものであった、と言えば分かりやすいのではないでしょうか。買う人はそのステイタス性などをも含めた価値を期待している……、と。もちろん、そのお値段は結構ピンキリ。当時の絵画マーケットも同様であったようです。

ちょっと高級な外車の購入には、個人の趣味とかセンスが反映されるのは間違いないでしょうが、クルマは量産される工業製品でもあります。もちろん現在でも、超富裕層であればフェラーリやランボルギーニ、あるいはロールスロイスといった高級車メーカーに自分だけのワンオフ・カーを発注することは可能です。もちろん買ったことないから、いくらするのか知らんけど。当時でも、新しいお城だか礼拝堂だかを作る時にフレスコ画で壁面を装飾する、なんてことも可能だったでしょうが、王侯貴族か富裕な教会とか修道院でもない限り不可能だったでしょう。新興市民階級にできるのはせいぜいちょっと高い額入りの絵画を飾るぐらい。

そう言えば、高級自動車メーカーのCEOが、わが社の製品のライバルは、クルマではなく、別荘とかクルーザーである、なんて言っている記事を読んだ記憶があります。超富裕層の購買パターンは今も昔も一般庶民(多少上級市民だったとしても)とは異なるようです。

そのような事情の下描かれ顧客のもとに届けられた絵画作品ですから、似たようなモチーフの作品が多くの作家によって描かれた、なんていうことの裏事情も良く分かりますね。今だと芸術作品には何よりオリジナリティーが尊重されますから、他人の作品と似ている、なんて事はタブーとされますが、高級耐久消費財であれば話は別。あまりチンケであるよりは、ちゃんと人から見て高級品として通用する、己のステイスを誇示できる作品の方が好まれたのでしょう。オレは高いものを持ってるんだぞ、ってみんなに分かってもらわなきゃ意味ないですからね。だもんで、高価な絵画は通りから見えるところに飾ってたんですって。衒示的消費ですね。

絵画にまつわる経済面に注目した本書、当時の絵画のお値段にも度々言及されています。残念なのは、それが今だったらいくらぐらいになるのか、が詳らかになっていないことでしょうか(全く言及されていないわけではありませんが)。現在価値に引き直すのは非常に難しいことは認めますが。私のようなあまり絵心のない無粋な輩には、芸術的価値云々よりそっちの方に興味があるんですよね。

そんな当時の絵画(芸術)分野についてのあれこれを分析した本書、なかなか面白かったですよ。

 

 

20224

藤井 聡、木村 盛世ゼロコロナという病』産経新聞出版

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ゼロコロナという病 [ 藤井聡 ]
価格:968円(税込、送料無料) (2022/2/24時点)

本書では日本政府のコロナ対策が厳しく批判されていますが、エビデンスが示されています。本書でも日本のコロナ感染は「さざ波」と形容されています。エビデンスも示されていますよ。この表現を最初に使って大炎上、内閣官房参与の辞任を余儀なくされた高橋洋一さんの名誉のために付け加えると、彼もちゃんとエビデンスを示していたそうです(中日新聞)。でも、「さざ波」部分だけ取り上げられちゃって大炎上。なんだかなあ。

本書でも、マスコミの偽善、欺瞞が厳しく批判されています。それも確かにあるとおもいますが、私たちに最も必要とされているのは、自身の頭で考えることではないでしょうか。坂口安吾が咢堂小論の中で指摘しているように、「日本に必要なのは制度や政治の確立よりも先ず自我の確立」なのではないでしょうか。

色々考えさせられる本書、皆様もぜひご一読を。

 

 

岡田 春恵秘闘 私の「コロナ戦争」全記録』新潮社

ご存知「コロナの女王」岡田春恵さんのコロナ対策の記録です。ただどうも、岡田さん自身コロナ対策は色々な意味で失敗であったと思っているようようです。そして本書はなぜ失敗したか、を当時コロナ対策に携わって来た人物の実名を挙げて振り返っています。実名を挙げていますので、岡田さんも相当の覚悟を持って書かれたのだとおもいます。

本書を読んで最も強く感じたことは、「失敗」というのは同じような間違いの繰り返しであるな、ということです。「失敗」については『失敗の本質―日本軍の組織論的研究のような古典的名著が書かれてから久しいものがありますが、日本人は相も変わらず同じような間違いを繰り返しているようです。

希望的願望を元にした甘い見通しに基づいた作戦は、当然のことながらうまく行きません。その時点で計画の見直しをしなくてはならないはずなのですが、一旦成立してしまった計画を修正することは以前の計画の失敗を認めることにもなりますので、お役人のメンタリティーからは絶対に認められないようですね。そんなことをするぐらいなら、最初から何もしない方がましだ、ってことみたいです。

岡田さんも、「感染症研究所時代に聞いた処世術」として、「平時から大事に至る前までは海月のように海中に漂って成長し、大事に至った時には二枚貝のように砂に潜る」って言われていたんですって。

本書評執筆時点において、コロナ禍は終息していません。さて、この経験を今後のコロナ対策に、そして今後も起こるであろう様々な難題に対して生かすことができるでしょうか。

東条英機みたいに、後になってなお、「事志と違ひ四年後の今日国際情勢は危急に立つに至りたりと雖尚ほ相当の実力を保持しながら遂に其の実力を十二分に発揮するに至らず、もろくも敵の脅威に脅へ簡単に手を挙ぐるに至るが如き国政指導者及国民の無気魂なりとは夢想だにもせざりし」なんて言われても困りますからねえ。

 

 

カーヤ・ノーデンゲン 羽根由/枇谷玲子訳『「人間とは何か」はすべて脳が教えてくれる 思考、記憶、知能、パーソナリティの謎に迫る最新の脳科学』誠文堂新光社

最近流行りの脳科学、テレビなどでもよく目にします。ノルウェーでも人気のようです。その理由の一端は、脳科学が近年劇的に進化を遂げたことにあるようです。が、その新しい知識を共有しているのが、専門家や学会関係者だけ、では不十分で、より一般の人々にも理解される必要があるだろう、ということのようです。そのような目的から、本書はその執筆時にはまた20代であったノーデンゲンさんが一般読者向けに書き下ろしたもののようです。

本書で特に面白いと思ったのは依存症に関するパートでしょうか。薬物は絶対にダメ、なんて標語は目にするのですが、薬物がどのようなメカニズムで脳にどのような影響を及ぼすのか、なんてことは、一般向けの書物では詳しく語られていません。平易かつ詳しく書かれていますよ。

 

 

ローン・フランク 赤根 洋子訳『闇の脳科学 「完全な人間」をつくる』文藝春秋

本書の冒頭にはホモセクシュアルの男性の脳に直接電気的刺激を加え、異性愛者へつくりかえようとする治療(脳深部刺激療法)が紹介されています。この実験については1972年の医学専門誌に論文が掲載されているそうです。いまでこそそんなことはないでしょうが、当時の「アメリカ精神医学会が発行する精神医学の手引書『精神疾患診断マニュアル』には依然として、同性愛が精神病としてリストアップされていた」そうです。

医学の進歩、なんて言われていますが、今でも後から考えれば大したことなかったんだ、あるいはロボトミー手術のように後に否定されてしまう治療法なんてものは、私たちが思っているより沢山あるのかもしれないですね。

ただ、本書の主人公ヒース博士によって行われていた脳深部刺激療法は、現在でも応用されているようです。ただ、ヒース博士の業績はとある事情によってどこかに忘れられちゃっているそうですが。

本書はそんな脳深部刺激療法を主導していた一人の医師の物語です。

 

20223 

出口 治明哲学と宗教全史』ダイヤモンド社

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哲学と宗教全史 [ 出口 治明 ]
価格:2640円(税込、送料無料) (2022/1/24時点)

ページ数の振ってある紙だけで465ページという大部の本書ですが、古今東西の宗教や哲学を網羅しよう、という試みですので、個々の宗教や哲学について掘り下げていたら、いくらなんでも足りる訳はありません。以前も古典的名著をマンガで読んじゃおうなんてシリーズをご紹介したことがあります。同様の方向性の一冊、ということでしょう。

ですが、出口さんは折に触れてタコつぼ化している現在の学問のあり方に警鐘を鳴らしています。人類の発展とか発達を、ここはひとつ巨視的に人類の思考の発展を見てみようではありませんか。

 

 

フェルナンド・バエス 八重樫克彦・八重樫由貴子訳『書物の破壊の世界史ーーシュメールの粘土板からデジタル時代まで 紀伊国屋書店

ページ数が振ってある紙だけで465ページの次は739ページ。買うんじゃなかった。

ま、それはともかく、古今東西多くの書物が作られ、同時に多くの本が破棄・破壊されてきたようです。労力をかけて破壊・破棄するわけですから、書物には何らかの力があると思われてきたのでしょう。出席してた人の名前が分かっちゃうとか。あ、違うか。

そもそも、私たちは、巨人たちの肩の上に乗っている、だから遠くまで見通せるのだ、なんて言われています。あらゆる発明発見を利用して現在のわれわれが生存しているのです。で、その先人たちの知識の結晶が書物。

最近の政治家さんたちにはそんな考え方はどこをひっくり返してもないんでしょうねえ。

 

 

マーク・カーランスキー 川副智子訳『紙の世界史 PAPER 歴史に突き動かされた技術』徳間書店

書物はかようにも重要な価値を持つものでありましたので、それを形作る紙(パピルスとか羊皮紙とかも含めて)も人類にとってはたいそう重要な物資でありました。ではありますが、今現在私たちが「紙」と思って思い受かべる紙(「植物のセルロース繊維が無作為に織り合わさってできる、厳密な意味での紙」)ってのは、結構最近になってから普及したものなのだそうです。

紙の発明そのものは現在では紀元前二世紀の中国の蔡倫の名が多く上がりますが、実際にはそれ以前にもさまざまな形で紙のようのものは作られ、利用されていたようです。物を書くという点だけ取ってもそれ以前の粘土板や木簡なんぞに比べれば圧倒的に便利ですからね。

本書で面白いなと思ったのは、テクノロジーの進歩に関するカーランスキーさんの考え方です。「印刷がなければ宗教改革は起こらなかった」といった主張は多いものの、これは原因と結果が取り違えているのではないか、というのがカーランスキーさんの主張のようです。「印刷機は宗教改革の申し子だといった方がよほど真実に近いだろう」としています。「ヨーロッパ人は印刷機の製造法も、金属の彫り方も、鉛の鋳造も、彫られた像にインクをつけて刷る方法も」実は個別にはそれ以前から知られていた技術だったのだそうです。テクノロジーが社会を変えるのではなく、「社会の方が、社会の中で起こる変化に対応するためにテクノロジーを発達させている」のだと主張しています。宗教改革によって、多くの人に平易な言葉によって聖書を説く必要性があったからこそ印刷術の爆発的な発達と普及が起こったのだ、という認識のようです。だからこそ、同時に平易な話ことばによって書かれた聖書も生まれたのです。もっと簡単に言えば、金にならなきゃ誰もわざわざやんないよ、ってことでしょうかね。

 

 

ジャレド・ダイアモンド 小川敏子・川上純子訳『危機と人類(上)(下)』日本経済新聞社

人類は過去様々な危機に見舞われ続けてきたわけですが、本書で採り上げられているのは「ペリー来航で開国を迫られた日本、ソ連に侵攻されたフィンランド、軍事クーデターとピノチェトの独裁政権に苦しんだチリ、クーデター失敗と大量虐殺を経験したインドネシア、東西分断とナチスの負の遺産に向き合ったドイツ、白豪主義の放棄とナショナル・アイデンティティの危機に直面したオーストラリア、そして現在進行中の危機に直面するアメリカと日本……」という比較的最近の事例が取り上げられています。何で日本は二度出てくるの?

日本は選択的な政策の採用により国家的危機を乗り越えた国、として描かれていますが、日本人として日本の歴史を鑑みると、考えに考え抜いた意図的選択、というよりは、かなり偶然の要素が強いような気がします。他国民の歴史をバカにしてはいけませんが、他だってそんなもんじゃないの、という気がします。

本書は上手く行った歴史をベストプラクティスとして取り上げていますが、失敗に終わった例、悲惨な結果を招いた例なんて結構いっぱいあるんじゃないですが。で、その結果を招いた意識的な差異なんて実にわずか、なんじゃないんでしょうか。うまく行ったからって人様に威張るようなことでもないって。

さて、私は、昨今日本人だけではなく人類全体としても結構危機的な状況に置かれているように思います。上手く危機を乗り越えられるのでしょうか。

 

20222 

原田マハ風神雷神(上)(下)PHP研究所

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風神雷神 Juppiter、Aeolus(上) [ 原田 マハ ]
価格:1980円(税込、送料無料) (2021/12/24時点)

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

風神雷神 Juppiter、Aeolus(下) [ 原田 マハ ]
価格:1980円(税込、送料無料) (2021/12/24時点)

『風神雷神』は京都新聞をはじめとする地方新聞に連載されていた作品のようです。京都新聞からは京都を舞台にした小説を、などとの依頼もあったようで、本書の主人公は俵谷宗達。原田さんが日本人芸術家を取り上げたのは初めてかもしれないですね。

で、いろいろと調べてみると、生没年もはっきりしない宗達ではありますが、およそのところ安土桃山時代末期から江戸時代初期に生存していたようです。で、このころ西洋と関係のある日本人、なんて相当珍しかったはずですが、その珍しい中に天正遣欧少年使節なんてのが居ました。まあ出国当時は華々しく、という感じで日本を出たみたいですが、帰国するころには完全にはしごを外された状態だったみたいですねえ。

そして、西洋人でその頃少年だったのは、ってことで探したら出てきたのがカラヴァッジョ。天正遣欧少年使節がイタリアに行った頃には10代半ばですから、全員年のころも似通っています。

はしごを外された天正遣欧少年使節ですのでその事跡なども良く分からないことは多いようです。その中の一つにグレゴリウス13世(新しいグレゴリウス暦(現在も使ってます)を導入した方です)へのお土産(いや、献上品)として持って行った洛中洛外図(京のあれこれを書き込んだ屏風)も、史料的には何らかのものはあったと伝えられているようですが、詳細は不明のようです。で、これらの登場人物全員を都合よく知り合いにしちゃって、そこに洛中洛外図まで絡めてくる、なんてのはさすが原田マハワールド全開ですなあ。

ということで本書はフィクション。面白かった。

 

 

富田 芳和なぜ日本はフジタを捨てたのか?』静人舎

藤田嗣治(レオナール・フジタ)は第二次世界大戦前からすでにフランスで活躍する著名な画家でした。その後日本に戻り戦争画などを描いていました。戦後は「戦犯画家」としてバッシングされ、結局フランスに移住、国籍も取得(日本国籍は放棄)、フランスで没した、というのが一般的に流布されている伝記です。その伝記にいささかの異議を申し立てているのが本書です。

昭和19年の夏に、後に「美校クーデター」ともいわれる事件があったそうです。美校(今の芸大ですね)の教員に大移動があり、当時戦争画政策にかかわっていた一派が一斉に追い出され、戦争画政策に関わっていなかった一派がその後釜に座ったそうです。昭和19年ですから、表向きには軍部は威勢の良いことを喧伝していた時代です。どうも大物が後ろに控えていたみたいです。これに関連していささかまずい立場に置かれたのが藤田嗣治。

ではありますが、世界的な画家であるフジタには強力なバックが付いていました。当時の日本では泣く子も黙るGHQ。細かいことは本書に譲るとして、その後ろ盾で日本でのまずい立場とかすべてをうっちゃって最終的に渡仏することができたのでした。後に、フジタ夫人は「フジタはことあるごとに私に言いました。私たちが日本を捨てたのではない、日本が私たちを捨てたのだ、と」

フジタが最後の記者会見で言ったことは、

「絵描きは絵だけを描いて下さい。

仲間喧嘩はしないでください。

日本の画壇は早く世界的水準になってください」

というものだったそうです。

なにしろ、戦後のフジタが置かれた状況は、「その頃、フランス領事館には、フジタの渡仏を講義する手紙が送られている。ほとんどが、フジタと面識のない、しかも画家でもない人物からのものだった」「シャーマンは手紙の差出人に連絡したこともある。しかし、相手は「そんな手紙を出した覚えなどない」と頑として言いはった」んだそうです。でも、最近ではメールのIPアドレスから個人を特定、ネットで誹謗中傷をした人間に損害賠償ができるようになっているみたいです。してみると、前よりは少しはましにになったんですかね。

でも、狭い日本のなかでは思いっきり縄張り争いをするムラ社会の割に、外には弱いって体質は令和の今も変わりませんねえ。現在でも、世界のマーケットで通用する(売れる)日本人作家はごく少数のままです。

 

 

青い日記帳監修『失われたアートの謎を解く』ちくま新書

失われたアート、と言っても、失われた原因は様々です。戦災にあったもの、略奪にあったもの、宗教的理由で破壊されたものなど。

ナチス・ドイツは大々的に芸術品を略奪、ヒトラー好みじゃない芸術は焼却、ヒトラー好みの芸術品だけを並べた美術館を造ろうとしました。戦後になってこの誇大妄想的な芸術コレクションは厳しく非難されることになりました。でも、今大英博物館に展示されている芸術品って略奪されたんじゃないのか、パリのコンコルド広場になんでオベリスクがあるんだ、なんてこともやはり問題になりました。下手につつくと炎上必至。

逆に、フェルメールの贋作で戦犯になりそうだったメーヘレンをめぐる裁判ではじめてX線を使った非破壊検査が導入される、なんて良い方向への影響もありました。

アートの問題を取り上げた本作ではありますが、その背後にはやはり金のにおいがちらつきますね。

 

 

原島広至『名画と解剖学』CCCメディアハウス

ある プロの写真家の方は、プロとアマチュアの撮った写真の違いは、「プロは撮りたいと思う写真を撮る。そのためには一日中、あるいはもっと長期間、ある特定の光を待ち続けても撮る」、「アマチュアはたくさん撮影してその中から偶然撮れた良い写真を選ぶ」なんて言ってました。でも今みたいに簡単に写真が撮れるようになると、大勢の人が撮影する何百万枚枚対一枚だから、プロも大変なんよ、とも言ってましたよ。

画家だってただ単に絵を上手に描く人ではないようです。画家の場合、写真家以上に描きたいものを描くわけですから、理想の美をカンバスに再現するために作為を加える、なんてことも起こります。このモデル、脊椎の数が多いんじゃない、なんてね。それだけではなく、あっち側が透けてしまうぐらい観察して描きますので、おそらく画家はもちろん本人も気づいていなかった病気まで描いちゃったんじゃないか、なんて絵まであるそうです。

ところで、原島さんの数多くある肩書の中にサイエンスライター・イラストレーターというのがあります。で、その著作に『肉単』、『骨単』、『臓単』なんてのがありました。内容は『ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集)』ですって。ちなみに、美大でも解剖学ってあるんですって。普通の人は絶対に買わないわな。

従って、本書の内容は良くも悪くもガチ、マニアック。お好きな方には絶対に面白いでしょうが、嫌いな方には……、お止めになった方がよろしいかと。私は面白かったですよ。

 

20221

福沢諭吉原作 バラエティ・アートワークス漫画『【中古】学問のすすめ(文庫)』イースト・プレス

以前も古典的名著をマンガで読んじゃおうなんてシリーズをご紹介したころがあります。日本人はマンガ好きですから、いろんなシリーズがあるようです。で、こちらもその一冊。

福沢諭吉の『学問のすすめ』なんて超有名、おまけに当時のベストセラーではありますが、冒頭の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を」造らず」以外には全く知らないのが普通じゃないですか?ということで、ここはマンガでお茶を濁すことにしましょう。

 

 

宮本武蔵原作 バラエティ・アートワークス漫画『【中古】 五輪書  [文庫]』イースト・プレス

宮本武蔵と名乗る剣術家はいたようですが、それが後の『五輪書』を書いた兵法家、有名な『枯木鳴鵙図』を描いた芸術家、あるいは十三歳から二九歳までの六十余度の勝負に無敗であったと『五輪書』に書かれた戦歴を誇る剣豪、が同一人物であったのか、などはどうもよく分からないみたいです。何しろ当時であれば結構な長寿である60何歳まで生きてたらしいですから、適当なこと言ってもバレなきゃなんとかなった、んですかね。

で、『五輪書』に書かれている兵法の極意は現代社会にも通ずる、んですって。ほう。

 

 

紫式部作 バラエティ・アートワークス漫画『『中古』源氏物語 (まんがで読破)』イースト・プレス

源氏物語なんてのは、古文の授業かなんかで断片的に読むのが関の山。大体、同じ日本語ったって、1000年前の日本語なんてほとんど外国語。上二段活用だ、カ行変格活用だ、なんて覚えた記憶はありますが、忘れた。

しかしですね、この漫画版源氏物語には、源氏物語のもう一つの側面、歌物語として歌が全然出てきません。何しろあの長―い源氏物語を文庫本1冊のマンガにするわけですから、そこらへんは潔くカット。で、残ったのは……、こりゃ単なるエロ物語だな。

 

 

太安万侶編纂 バラエティ・アートワークス漫画『古事記』イースト・プレス

ご存知『古事記』、でも読んだことは少ないのではないでしょうか。何しろ戦後は授業でも詳しくは教えていませんからね。本書評では小野寺優さんの『ラノベ古事記 日本の神様とはじまりの物語とか阿刀田高さんの『楽しい古事記』などをご紹介してきました。今回はマンガで『古事記』ってことでご紹介しましょう。

今回はレポートを作るという想定の高校生なんかが出てきますので、古事記の本文のほかに解説が入っています。これが結構詳しくて分かりやすい。おすすめです。

 

 

舎人親王編纂 バラエティ・アートワークス漫画『【中古】 日本書紀』イースト・プレス

私もあまり知らなかったのですが、アマテラス、ツクヨミ、スサノオあたりのから神武東征あたりの歴史については『古事記』と『日本書紀』ってほとんど同じ話が書かれているんですね。知らんかったわ。

それにしても、何故同じ時期に国の正式な歴史書である『古事記』と『日本書紀』が編纂されたんでしょうねえ。まあ、スポンサーが乱立していたとか、いろいろあったんでしょう。日本書紀にも描かれているようですが、神話時代ではなく歴史的裏付けのある時代の歴史も、平たく言えばあっちの一族とこっちの一族の勢力争いだもんねえ。

 

 

新渡戸稲造作 バラエティ・アートワークス漫画『【中古】 武士道』イースト・プレス

実は本書評でも『武士道はご紹介したことがあります。

新渡戸稲造が『武士道』を書いたきっかけとして、本書にも紹介されているエピソードとして、外国人に、日本の学校には宗教教育がなく、何をベースに道徳教育をしているんだと疑問を持たれたことがあるそうです。でもって武士道を取り上げた、と。でも、武士の人口って江戸時代でも高々10%以下とか……。つまり一般的ではなかったんですって。

 

 

小林多喜二作 バラエティ・アートワークス漫画『【中古】 蟹工船』イースト・プレス

超有名な『蟹工船』。先ごろも、文庫版の装丁を変えたらまた売れだしたとか。何しろ私だって読んだことありますからねえ。でも学生時代だからなあ、忘れちゃった。マンガで復習っと。

ま、みなさんご存知のとんでもない話がこれでもかと続きます。でも、これって昔の話なんでしょうか。お上品に繕ってはいますが、本質的には今でも全然変わってない。貧乏人は死ぬまで働け、って。

 

 

Team バミンカス『コーラン (まんがで読破)』イースト・プレス

日本人にはあまり馴染みのないコーランの解説書がマンガで読めます。一つ読んでみるか。

イスラム教(最近ではイスラーム(教はなし)などとも表記されますね)においてコーラン(最近では原音に忠実にクルアーンなどとも表記されますね、意味は「詠まれるもの」)とは、アラビア語で表記され詠まれるもののみを指します。また、イスラム教では偶像崇拝は禁止(本書でも預言者ムハンマドその他の顔は描かれてはいません)。とすると日本語で、しかもマンガで表現されたコーランって一体全体何なんだ。多分、これはアホな日本人でもわかるように書かれた解説書とかパンフレット、といった扱いになるんでしょう。多分ですよ多分。詳しいことは専門家に聞いて下さいな。

 

 

ルース・ベネディクト作 バラエティ・アートワークス漫画『【中古】菊と刀(文庫版)』イースト・プレス

ルース・ベネディクトの『菊と刀』。有名ですが、内容については、日本を恥の文化の国としてとかしないとか。それしか知らないなあ。

まあ、ルース・ベネディクト自身、日本の専門家というわけではなく、あくまでも文化人類学者として戦時中に日本研究(どうすりゃ効率的に日本に勝てるか)の研究を命じられたみたいです。戦時中ですから文化人類学お得意のフィールドワークもままならず、結局生涯来日したことはなかったそうです。

本書は菊と刀そのものを紹介するのではなく、ティムというアメリカ人がいかにして日本を理解するのか、なんて体裁で日本文化を紹介しています。確かに当たっているんだと思います。でも、ルース・ベネディクトが研究した日本が戦前ですからねえ、私自身、こんなことしてないわ、と思うこともありました。あ、だから私ってすぐ会社辞めちゃったりするのか。

まあそれにしても、日本に“恥の文化”ってのは本当にあるんでしょうか。昨今の“説明責任を果たす”なんて言いっぱなしの政治家なんぞを見ると、日本には嘘を言ってもつかまんなきゃ良いんだ、って文化があるとしか思えないんですけどねえ。

 

 

バラエティ・アートワークス漫画【中古】 論語』イースト・プレス

師曰く「過ちて改めざる是を過ちと謂う」、とかいろいろと聞いたことはあります。でも、『論語』全体を通じて孔子はどんなことを伝えたかったのか、なんて、まるっきり知りませんねえ。でも、『論語』なんて、自分で全部読んでみよう、なんて気にはなりませんので、ここはマンガでチャチャっと、ね。

「「子曰 道之以政斎之以刑 民免而無恥 道之以徳斎之以禮 有恥且格」(子曰く これを道びくに政を以てし 之を斉うるに刑を以てすれば 民免れて恥ずることなし これを道くに徳を以てし これを斉えるに礼を以てすれば 恥ありて且つ格し)」って孔子が言ってたそうです。今の政治家に聞かせたいお言葉です。意味?ま、お調べください(漢文をコピペしてググると出てきますよ)。

 

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